5/1:現代俳句協会に年会費(1万円)を収める。殆ど送られてくる冊子にも目を通すこともなく、どうしようかと思ったが継続することにした。当会は1947年9月から始まり、今年から同年生まれの高野ムツオ氏が会長に就任することになった。現在の会員は約4200名だという。おそらく社団法人として俳句界ではかなり大きな団体だと思う。ちなみに私も同年生まれであり、2015年の第33回中国地区現代俳句大会の「天に星地には吾子の目広島忌」で「高野ムツオ賞」をいただき、とても嬉しかった思いがある。
・五月来る俳句づくりに心込め
5/2:FBの思い出機能で新間草海著『叱らないでもいいですか』の9年前に書いた書評をシェアする。《生まれ落ちてから人は、仕付けや様々なことを習って、社会性を身に着け、成長し大人になっていく。と一般的には言われている。そのような面もあるが、余計なもの(観念)を着けることで、不自由に、不幸に、つまらなくなっていくことも多々あるだろう。この本で「叱る、叱らない」ということに大きな比重をかけて、様々な角度から取り上げて考察している。「叱る、ほめる」というのは、そのことで簡単に善悪の観念がつきやすい。単純な教師は、生徒のした何かよくないこと(その教師から見ての)に出会うと、それが起きてくる元の心を考えることを全くせずに、単に「叱る」ことで解決すると思っている人が多い。また新間氏は変な観念や知識で、頭でかっちになるよりも、一人ひとりの感性や感情など情緒を豊かにしていくこと、そのため本音を言えること、全く評価をしない、ことに心をおいているようだ。 一方、科学的な思考、見方を大事にしている。科学的というのは、素直な疑問を大切にし、世間の常識的な見方などにとらわれず、どこまでも探りながら、簡単に分かろうとしないで、もっと調べたくなる、やればやるほど謙虚になっていくような、のびしろがあること。そのためもあり、話し合いを大切にしている。生徒からは算数などよりも歓迎されているようだ。》
・春深し素直な疑問大切に
5/3:午前9時から午後3時頃まで凪をあずかる、長時間ははじめて。10日生まれなので23日目になる。妻が抱いていると気持ちよさそうにしているが、下に寝かすと泣き始める。道花によると娘宅ではそんなことはないそうだ。環境の変化が分かるのだろう。あずかると妻の動きがあまりとれないので、今のところ短時間あずかるようにした。
・あたたかし日に日に育ちゆく嬰児
5/4:辰祐が昼過ぎ来訪。おじさんは来る度に遊んでくれるので花野と開一は大喜び。風船やボールを使って大はしゃぎ。辰祐も上手にお相手する。その後娘一家と夕食。心和はおじさんをよく知らないので食べることに夢中。裕人さんもよく子どもたちをみている。そんなこんなで四人の子を育てていくのは大変だと辰祐は思ったようだ。また、裕人さんがデザートに手製のアップルパイを作ってきて、孫たちは輝かしい表情でみて、それぞれ嬉しそうに食べた。こういうことができるので、素敵なお父さんだと思った。
・おじさんと風船飛ばし大はしゃぎ。
5/5:77年前の日本国憲法施行に思うこと。「憲法はアメリカの押し付け」という主張を巡って、だから独立国として私たちのこととして作り変えようとする「改憲派」と、今の平和憲法を絶対に守ろうとする「護憲派」、その中にはいろいろな思惑があり、日本国憲法を書いたのはGHQだということは歴史的事実としてあるけれど、「中身が良ければ誰が書いたっていいものはいいんじゃない?」というような見解もある。さらに「左折の改憲」による対米従属からの脱却を強く訴えかける人も一部いる。現在の私の立場は、当面、現憲法九条を維持することがいいと思っている。そして、「改憲」による対米従属からの脱却を図ることを誘うための機運の熟成が必要だと思っている。憲法九条の戦争放棄条項支持の力源は、人びとの戦争体験と思う。身近な家族、友人をなくし、二度の原爆を受け、殲滅に近いような沖縄をはじめ、空爆などによる大被害の体験から、誰が何と言おうと戦争はよくない、戦争を誘うような国家、言説は信じないと考え、感じる。そのような動かしがたい心が、戦後70年以上の不戦状態、平和状況を維持し、憲法9条を支えてきた。だが、戦争体験者が減ずる中で、戦争放棄の内実を構築していくことが大きな課題になってくると思われる。しかし、沖縄は敗戦後も米国の統治下に置かれ、日本政府の行政権は及ばなかった。その後の冷戦、朝鮮戦争などが続き、米国の傘のもと外部からの攻撃に対する防衛最前線となっている。1971年の沖縄返還協定による返還後も沖縄の基地化は現在も続いている。憲法九条は、沖縄の基地化により可能となってきたことを押さえておく必要がある。
・現憲法九条維持する子どもの日
5/6:新間草海5/5ブログより。〈宇野重吉(1914 - 1988)が、究極の演劇理論を口にしている。それは、「思えば出る」と言うたった5文字のことで、すべての演劇は、このたった5文字に帰結すると言う。〉まぁ、深い言葉であります。例えば、価値がないなぁと思ってしまうと、やはりどんなものを見ても、それは顔に出てくると言うのであります。逆に言うと、すげえなぁとも思ったなら、どんなに大したことがない、という表情を浮かべようとしても、どこかにすげえなぁと言うものがにじみ出てくると言う。
・表情に思えば出るよ猫の恋
5/7:古いパソコンの「筆ぐるめ」の機能が使えなくて、年賀状など葉書印刷が簡単に出来るように「はがき作家17 Free」をダウンロードした。これは、住所管理、年賀状の宛名面、裏面の印刷ができる機能限定版のフリーソフト (無料)だ。ファイル名・hwc1701.exe、ファイルサイズ・100。MB (105,186,248バイト)。著作権・開発元「株式会社ルートプロ」アンインストール方法・Windows [コントロール パネル]の[プログラムの追加と削除] で行う。少し入力したところ使いやすいようだ。妻にヤマダ電機でプリンターのカートリッジ(キャノンピクサス340,341)を買ってきてもらう。
・印刷の機能を変えて夏に入る
5/8:新間草海4/28ブログより。〈災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬ時節には死ぬがよく候 これはこれ災難をのがるる妙法にて候(良寛)71歳の時書いた
災難に逢うときは災難に遭い、死ぬときには死ぬしかない。私たちがどんなに手を尽くしてもそれは変えられません。だとしたら、それらを受け入れて生きるしかない。どんなに不運が続き、大災害に逢おうとも、それは紛れもない命の現実の姿でしかない。「人として生まれたからには生老病死からは逃れることはできず、あるがままを受け入れ、その時自分ができることを一生懸命やるしかない」ここまで思い切るには時間は必要。「遭う」ではなく、「逢う」と書いているのは、なぜか。『遭う』とは、嫌な事柄に偶然に出会ってしまうことに対し、『逢う』とは、親しい人にめぐりあったときに使う言葉。〉
・遭うと逢うこころの違い迎え梅雨
5/9:グラグラしている奥歯を抜歯。始めに歯茎に麻酔をして歯をぬいた。歯はかなり割れていた。麻酔はとても痛く鼻呼吸をしながら耐えていたが、手術の担当者も慣れたもので、短時間で済んだ。夜の食事は抜いた箇所は少し気にはなったが、痛みを気にすることなく食べれた。抜いた個所には入れ歯をするそうだ。帰りはタクシーを利用した。歩いて50分程ヨタヨタしつつなんとか歩くこともあり、このパターンになると思う。
・歯グラグラ歩行ヨタヨタ薄暑かな
5/10:抜歯後食事のとき殆ど気にならなくなり、、歯の状態が食生活の豊かさと関係が深いと改めて思う。私の中では比較的丈夫だった歯も、最近心許なっている。日々やることは、定期的な歯科健診と丁寧な歯磨きぐらいで、出来る限り食生活に影響が出ないようにしたい。容子さんが贈ってくれた見事な甘夏も美味しくゆったり食べた。
・甘夏の心ゆくまで齧りけり
5/11:このところ開一がよくわが家に来る。ウルトラマンの動画を見たいことや赤ん坊が出来たのもあるのか、娘には黙ってくることが多い。わが家では食べ物を催促したりしてなんやかんやで気に入っているのか、夕食に娘宅に帰るように言っても帰らない。そんなことが目立ってきたので、今日私が帰るように声を大きくして言うと、吃驚したのかすぐに帰った。娘が怒ってもあまり効果がないようだが、効果が少しあったようだ。
・愛するゆえ𠮟ることありはたた神
5/12:母の日に、娘夫婦の四人の孫に対する心配りや孫たちの父母に対する絶対的ともいえるような信頼を感じ、改めて私の父母のことを考えた。今の私は、〈安心〉と〈信頼〉で支え続けてくれた人として母や父を考えている。何はともあれ一貫して受け入れて貰ってきた「安心感」と、どのような状況にあろうと父母からの「信頼感」のようなものを覚え、そこに甘え続けたともいえるかも知れない。様々な家族、親子の在り様があると思うが、自分の場合は、遠慮気兼ねの全くいらない、大いなる安心の拠り所として機能していたと考えている。そして、それが最も大事にしたいこととも考えている。
・母の日やさまざまなこと思い出し
5/13:乳幼児の成長の重要な第1段階として、どうあろうと受け止めてくれる親などにより安心感を覚え、その連続の過程で人に対する基本的信頼感を身に着けることがある。そのような環境で育ったひとは、「親密さ」「信頼感」の基礎となるようなものを、からだで深く憶えていき、その後の人間関係に影響を及ぼし、様々な困難や試練というものを乗り越えていくための支えや希望となるともよく言われる。このことは、乳幼児期には最重要な課題だと思うが、ひとや様々のことに対しての安心から信頼への獲得は、心地よい暮らしのエッセンスになるのではないだろうか。私は、50歳過ぎてから介護の仕事に携わってきた。そこで何よりも大事なことは、支援する・される関係でなく、先ずその人に「安心感」を抱いてもらうような両方向の交流で、その積み重ねで「信頼」を得ることである。そこまでいかないと、単なるこなし仕事や支援することが重労働になってしまう。では、今の私はどうであろうか。身内だけではなく、その他の関係で織りなす家族のような間柄も含めて、他の人に安心と信頼を抱いてもらえる自分であるかどうか。そのような関係になっている人がどれぐらいいるのだろうか。身体的にいろいろな劣化があり、ほんとにたいしたとはできようもないが、その気持ちだけは外さないでいきたいと思っている。
・風薫る愛され愛することを知り
5/14:「赤ちゃん返り」というのとは少し違って開一のテンションが嵩じていて、しきりにわが家に来ることが続いている。考えてみれば、五歳半過ぎの花野はある程度自律しているし、もうすぐ二歳になる心和はまだオムツも取れないしそれなりに手がかかる。一方三歳九ヶ月になる開一は男の子というのもあり適当に扱われているのか、しきりにじじばばに纏わりつきたいようだ。どうもみていると、心理学者・マズローの欲求5段階仮説の「承認(尊重)の欲求:他者から認められたい」と重なるように思っている。
承認の欲求「他者から認められたい」というようなものは、生まれたときはともかく、かなり早い時期から持っているのではないだろうか。
・承認を求める吾子や行々子
5/15:「凸凹のためのこころがまえ」2を投稿する。〈わたしは、ひとりひとりおのれの得手については、人の分までやってあげて、代わりに不得手なことはそれが得意な人にやってもらう。この相互扶助こそが共同社会の基礎となるべきだと思っている。例えば、アクシデントに遭われた大谷翔平選手の場合、野球に関してその追及心は並々ならぬものを覚えるが、お金の管理について不得手というか全く無関心である。そこで今回のようなアクシデントに遭ったのだけど、だからといって、お金の管理などはそれの得意な人にやってもらい、その分、野球を極めて欲しいと、わたしは思っている。その後の大谷選手の活躍をみていると、今回のアクシデントは「遭う」(嫌な事柄に偶然に出会う)から「逢う」(親しい人にめぐり会う)に展開しているように感じる。
・雨降つて地固まるごとし花は葉に
5/16:「アイリスの1週間・5/11」より。〈雨が続いた週の前半、構成的グループエンカウンターに挑戦。【無人島SOS】さて、無人島に行くなら何を持って行きますか?まずは一人一人、よ〜く考えて。「自分だったら…」その理由も教えてね。お友だちの考えを聞くことも大事です。「なるほどね!」「いいね!」自己理解、他者理解を育みます。
さらにプラスのフィードバックで安心の自己開示を〉とある。構成的グループエンカウンター(SGE)は、1970年代後半に國分康孝により創始された「(集中的)グループ体験」でカウンセリングの一形態。集団学習体験を通して、自己発見による行動の変容と人間的な自己成長をねらい、本音と本音の交流や感情交流ができる親密な人間関係づくりを援助するための手法。学習活動で取り扱う課題(エクササイズ)には、自己理解、他者理解、自己主張、自己受容、信頼体験、感受性の促進の6つのねらいが組み込まれる。
・グループの本音交流二重虹
5/17:家族形成が人類進化の大きな源流と言われている。一見そのように見える「種」はあるが、ある一定の期間だけで、生まれてから死ぬまで生涯にわたって家族であり続けるという形態は、人間の家族だけらしい。人間の特徴は、単体ではなく複数の家族が集まって共同体を作る二重構造を持っていること。複数の家族を内包した共同体は人類だけの不思議な社会システムらしい。集団が巨大化し複雑化しても、家族という基本的な社会単位が崩れることなく存続し続けた事実があり、共同体を中心に、食物を共同で
生産し、分け合って食べる。子育ても共同。家族単体ではできないから、共同で行なう。
・麦御飯昔はどこも大家族
5/18:「 わたしと振出寮(4)」を投稿。《今の時点で振出寮に思うこと。社会では各種物が溢れ、不要な物を断ち切り、物への執着心をなくすことで、身軽で快適な生活や人生を手に入れようとする考え方「断捨離」などに関心のある方が増えている。また、身体面では、一定期間食事を断つ断食(ファスティング)などがある。それと同じような体験として、振出寮を考えてみても面白いと思っている。ありあわせの食べ物と寝るところがあり、最低限生きていけるような配慮はしてあるが、特に他には何もない、各種のしがらみから自由になって、「ないで当り前」の環境で、一定期間すごしていく振出寮のような仕組みが面白いのではないだろうか。それには、どのような仕組みを用意したらいいのか、関心のある方で、じっくり考察する必要がある。別に「ヤマギシ」と繋げることもないと、わたしは考えている。
・ないことの豊かな世界白夏野
5/19:今年のテーマとして、各種の本類等を処分しようと思う。火・金のゴミ出しに妻の負担にならないように。他に日曜ごとに紙類などを出せるそうだ。それにしても、いつか何らかの役に立つと思ってたものも、全く活用していないものが殆どだ。だが一向に進むような気がしないで、妻に文句を言う。こういう時は声が荒く大きくなる。何事も妻の手助けがないと自分一人ではできないことが多いので、後味の悪い思いをするが。
・声荒げ後味悪し紙魚の痕
5/20:ネットで次の記事が掲載されていた。〈「失われたものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」数々の先人たちの言葉を教訓とする新井監督が心に刻む言葉のひとつだ。パラリンピックの創始者とされる医師のルードヴィヒ・グットマン博士による、パラリンピックの精神を端的に表わすとされる言葉だ。〉実際はグットマンの言葉かどうかは分からないらしい。博士は、第二次世界大戦の傷痍軍人の治療にスポーツを取り入れ成果をあげた。そして、入院患者を対象とした競技大会を開催し、後に国際大会として行われた車椅子競技大会(1961年)が、パラリンピックの第1回大会「ローマパラリンピック」となされるまでに至った。ことから博士の言葉とされたらしい。それはそうと、いろいろなことができなくなる「老化現象」にも通じる味わい深いことばだ
・手話交え聾者と唖者の夏芝居
5/21:昨日は二十四節気の一つ「小満」。小満とは芒種(6月5日頃)までの期間。立夏から数えて15日目頃。陽気が良くなって、万物の成長する気が次第に長じて天地に満ち始めることから小満といわれている。ようやく暑さも加わり、麦の穂が育ち、山野の草木が実をつけ始め、紅花が盛んに咲き乱れる。梅の実がなり、西日本では、走り梅雨がみられる頃。田植えの準備を始める頃でもある。
・小満や人影ふゆる田に畑に
5/22:甘利氏に苦情を言う。こういう時は滑舌が悪いこともあり声が大きくなる。もっとも言いたいことは、個人的な事情で加納氏・甘利氏が休みになるが、替わりの人がいないとのこと。このところかなり病状が進んでいて今の自分にとって、テオン・モンスターのリハビリテーションは重要と思っている。それぞれ個人的な事情で休まれることはあるしそのことは構わないが、随分前から決まっていたことで事業所としてどのように考えているのか、契約は事業所としているので、少し不信を覚えていた。結局土曜日は福永氏が代行することになる。それにしても自分の態度にお粗末さを感じ後味が悪い。
・苦情後の後味悪し冷し酒
5/23:このところ、上の孫三人保育園の迎えに行き、風呂・食事をする間、午後遅くから凪を預かる。抱かれると気持ちがいいのかおとなしく抱かれているが、ベッドなどに寝かせるとじきに泣き出す。泣くときは全身を使って、特に両足をばたつかせ泣くのでかなりの運動量だ。私は傍で見ているだけだが、なんだか面白い
・赤ん坊泣くも全身玉の汗
5/24:先日奥歯の抜歯をした。私の中では歯は比較的丈夫だったが、近年徐々に不具合が出てきている。目も耳も悪く、テレビでも何を言っているのかよく分からなく、時折字幕付きで見ている。脊髄小脳変性の症状もますますひどくなっている。それと重なるように「老化現象」も進んでいるようだ。加えて脚に電気のようなものが走るときがあり、徐々に増えてきているような気がする。それと同時にイライラするときに声が荒々しくなり妻などに当たるときがある。そういうときは自分でも後味が悪い。病状などは今後ますます厳しくなるだろうし、どんな状況になっても穏やかに向き合いたいと思い、今のうちに心の面でもっともっと鍛錬する必要を覚えている。
・穏やかに老化の川を泳ぎたし
5/25:このところ開一がわが家によく来る。朝早くから来て、なにかとよく来る。今の開一にとってわが家が特別な場所になっているようだ。今日も娘一家から公園に行く、温泉に行くと言ってもわが家に留まるという。結局わが家で風呂・食事をすませウルトラマンの動画を見て夜遅くに帰る。この年頃の一種の反抗期なのか、嫌なわけではないが、娘一家から逃げ出す思惑がありそうだ。このことが何時まで続くのか見守っている。
・吾子なりの思惑なのか青嵐
5/26:ブログに「残されたものを最大限に生かす(たまゆらの記52)」を投稿。わたしが重度心身障害者など福祉活動をしていたときに意識していたことばで、今は自分に向けて心に置くようになった。それは、いろいろなことができなくなる「老化現象」にも通じることばだとも思う。今まで当たり前のように出きていたことが、身体の不具合により出来なくなることが増えていく。出来なくなったことを嘆くよりも、まだまだやれることがあり、残されたものは身体部位だけでなく、心のもちようも含まれる。「できなくなる」「失っていく」「衰えていく」ことで、別の機能が活性化する、感度が鋭くなっていく、これまでの見方が変容するなど、自分のことも含めて多くの人に感じてきた。
・失つて分かることあり草茂る
5/27:特異な体験をした過去を振り返るというのは難しい。「あれがあったから今の自分の成功がある」「あのことで今の自分は滅茶苦茶になった」などよく言う。学園についても、「あれはあれで面白かったよ」「あれは酷かった許せない」「思い出したくもない」などいろいろ聞く。それぞれの今現在のものの見方が反映する面もある。どちらにしても今後の生き方に活かしていきたい。ブログなどに書くときもそこを自覚したい。過去を振り返り書くことで、次に繋がるより大事なものを身につけられるとも思う。
・今という泉に潜む過去未来
5/28:折々のことば5/17・3088から。「迷惑をかけたり、かけられたりしながら、濃厚で味わい深い人間関係が作られてきたのだ(多田富雄)。幼い頃から人に迷惑をかけるなと教えられてきたが、歳がいってまっ先に甦るのは、とんでもない不注意や失敗で迷惑をかけあった経験ばかりだ。たこ八郎の「めいわくかけてありがとう」を思いだした。
・虎が雨めいわくかけてありがとう
5/29:祐香が午後短時間来訪。会って元気そうで嬉しかった。長子伯母さんと話をし、道花や凪とも会って楽しそうに話をしていた。また、麻のチェックのシャツを誕生日プレゼントにいただき嬉しかった。着心地もよくてとても気持ちがいい。年齢的にも身だしなみをきちんとしなければと思いつつもそういうことにうとい私だが。
・娘から麻シャツ貰い聖五月
5/30:花野が手や足に点々と水ぶくれが出来痛がっていた。昨日公園の砂場で遊んでいた時らしい。おそらくカミキリムシの毒を含んだ体液に触れたのだと思う。妻がドクダミで作った薬液で昨日対処し、今朝も塗っていた。しばらく経過を見ていく。
ドクダミ薬液はドクダミを丁寧に洗って乾燥させ、そこから葉だけをちぎって瓶に詰め、そこに35度のホワイトリキュールを入れたもの。3か月ほど冷蔵庫で寝かせて,わが家では切り傷や足、皮膚のトラブルなどに何かと使っていて、薬効はかなりあると思っている。
・ドクダミの匂う樹木にカミキリムシ
5/31:ソレイユで散髪してもらう。散髪後は気持ちがいい。今は歩いて50分ほどかかることもあり伸び伸びになっているが、これから暑くなるし、タクシーを利用するなどしてもう少し早く行くのがいいとも思う。甘利さんが私とのメール交換で気分が重くなったということで、奥田さん(午後1時半)に変わると福永さんから連絡ある。
・緑さす鏡中のわが白髪に