7/1: 図書館から「自選谷川俊太郎詩集」と宇沢弘文著『社会的共通資本』を借りてくる。しばらく社会的共通資本について考えていこうと思っている。また妻が太宰治著『ヴィヨンの妻・人間失格ほか』を借りてきたので、「ヴィヨンの妻と桜桃」を読む。『ヴィヨンの妻』は性格が破綻した詩人や周囲の人々の生活を、詩人の妻の語りの文体で戯画化して描いた作品。家庭に安住することを厭いなからも、新しい家庭への夢を抱く二律背反の思いを文学へと昇華させた。死の年に発表した『桜桃』は、太宰と名乗る作家が主人公である。 妻と口げんかして家を飛び出して、酒屋で桜桃を食べる話で、冒頭は太宰の成句として有名な「子どもより親が大事、と思いたい」である。
〈詩篇、第百二十一より。〈子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よりも、その親のほうが弱いのだ。〉読んで面白かった。
・ナイターの子どもも親もカープ服
7/2:精神科医の中井久夫は、若いときのよさはサラダであり、老人の味わいは漬物である。(「世に棲む老い人」)と書いているが、糠味噌臭いものもあるにしても、味わいのバラエティに富んでいる特徴があり、そういうよさを引きだしていきたいと考えている。生老病死について考えるときに、自分の中を整理する支えとなる人に中井久夫氏がいる。「世に棲む老い人」から抜粋する。〈おそらく、新しい問題は、一般人口の相当部分が老年に達する「一般的長寿」の時代ということの中にある。この時代にあっては、老人の身体のしたたかさは減少する傾向にあるだろう。淘汰圧を形づくっているさまざまな障害因子の消滅や軽減、要するに淘汰圧の減少が一般的長寿をもたらしたのであるから、これは論理的帰結である。実際にも、老化ということ自体はさほどの問題でなく、病気をもたない老人は予想をこえてかくしゃくとしている。多くの生理能力が二、三割減少するということは、よく考えてみれば多くは青年でも個人差の範囲に入り、相対的な問題であって、大問題ではないわけだ。裏を返せば、老人問題は、一般的長寿化の時代にあっては、その病気にある。つまり、老人の問題は有病率の高さであるということになる。〉
・難病でも美味しく食べる夏料理
7/3: 最近の暑さは以前とはだいぶ違っていると思っている。特にこの7月の暑さは厳しく感じる。脊髄小脳変性症の方も大分進んで、歩くのも大分厳しくなっているが、少しでも歩かないどんどん衰えていくのと、外出して日に当たるのも大事なので妻と相談して、雨が降っていない限り、妻に支えられてマンション廻りを朝・昼・晩と歩いている。たかが10分程だが汗でびっしょりとなる。私にとってこの夏の暑さをどのように乗り切っていくのか大きなテーマである。夏に限らず、地球環境、様々な気象の変化や地震などの大災害と、どのように折り合いをつけていくのかも課題でもある。
・朝昼晩妻と歩いて汗みどろ
7/4:地球温暖化などの自然環境を考える際、経済学者の宇沢弘文氏(1928-2014年)が提唱した概念「社会的共通資本」を思う。社会的共通資本とは、すべての人びとが、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力のある社会の安定的な維持を可能にする自然環境と社会的装置のことで、これを社会共通の財産とする考え方。こうした社会的共通資本は、どのような政治・経済形態をとろうと、社会の共通の財産として、社会的な基準に従って管理されなければならないと宇沢氏は言う。
・地球温暖化は人の齎す瀑布かな
7/5:宇沢弘文『社会的共通資本』(岩波書店、2000)によると、宇沢弘文『社会的共通資本』(岩波書店、2000)から。〈社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する。(…) 社会的共通資本は、たとえ私有ないし私的管理が認められているような希少資源から構成されていたとしても、社会全体にとって共通の財産として、社会的な基準にしたがって管理・運営される。(…) したがって、社会的共通資本は決して国家の統治機構の一部として官僚的に管理されたり、また利潤追求の対象として市場的な条件によって左右されてはならない。社会的共通資本の各部門は、職業的専門家によって、専門的知見にもとづき、職業的規範にしたがって管理・維持されなければならない。(岩波新書p4~5)〉 社会的共通資本は、自然環境(大気、水、森林、河川、土壌など)、社会的インフラストラクチャー(道路、交通機関、上下水道、電力、ガスなど)、制度資本(教育、医療、司法、金融制度など)という3つの範疇にわけて考えることができ、大気、道路など具体的に何を含むかは、それぞれの地域や国の自然的、歴史的な要因などによって異なる。
・社会的共通資本夏木立
7/6:地球温暖化は、社会的共通資本である大気、森林、海洋などの環境を劣化させる原因となる。例えば、大気汚染や森林破壊は、温室効果ガスの排出を増加させ、地球温暖化を加速させる。また、海面上昇は、沿岸部のインフラや生態系に大きな影響を与え、人々の生活を脅かす。地球温暖化対策は、社会的共通資本を保全し、持続可能な社会を構築するために不可欠。具体的には、温室効果ガスの排出削減、再生可能エネルギーの利用促進、森林保護、省エネルギー対策などが挙げられる。これらの対策は、経済活動と環境保全の両立を目指すものであり、社会的共通資本の考え方に基づいた持続可能な社会を構築するための重要な取り組みと言える。
・持続可能な社会構築夏祭
7/7:おぐらやま農場からブルーベリーが届く。品種は主にブルークロップ。ブルーベリーには抗酸化物質のポリフェノールの一種であるアントシアニンが豊富。酸味と甘味がほどよく、毎食後に数粒いただいている。ブルーベリーに限らないが、ここの果物は年々美味しくなっていて毎月楽しみにしている。「約12,000個分の規格外のりんご。この価値のあるりんごたちを決して無駄にはしたくない」と、そんな想いから、今年からシードル(りんご果実酒)の商品作りと販売に挑戦していくことに決めました。調べるほどにこんな素晴らしい道があったのかと、りんご生産者として嬉しくてたまりませんでした。シードルっていうのは「りんごのお酒」。アルコール分6~7%ほどの優しいタイプの果実酒で、日本ではまだ知名度が少ないが、欧米では食文化に根付いていると言ってよいと思います。
・梅雨明けの酸味ほどよきブルーベリー
7/8:今回のシードルは、「19年間無施肥栽培」「化学農薬散布は当地標準使用量の15%以下」「土壌環境を健全にする草生栽培」など可能な限り健康で安全でいられる果樹園環境を目指す中で出てくる加工用のリンゴをどうしていこうか? ということから はじまりました。スーパーなどには並ばないようなりんごたちもたくさん収穫できます。安易にそれを廃棄してしまうことはできませんでした。寒い冬も手を凍えさせながら剪定作業をしてくれるスッタフさん、そして今は摘果作業の農繫期真っ最中ですが、ひとつひとつがしっかりと大きく育つよう日々畑でたくさんの方が関わってくれています。雨がよこなぐりの日も、風がビュービューと吹く日も、夏の40度近くの炎天下でも農作業をし、収穫までこぎつけます。通常のりんごと変わらぬ手をかけてきたりんごたちです。ただ、直前に枝に当たったり、キズ、変形、極小サイズ、着色不足などの理由で加工用になってしまいます。それらを捨ててしまうのはやっぱりできないんですね。そこまでは通常のりんごと同じように手をかけていますから。今まではジュースやジャム、そしてドライフルーツという形でお届けしてきました。ただ、これからの生産量を考えると他の方法はないのかと考えていました。そんな中生まれたものが「シードル」です。(ニュースレター6月号より)
・シードルで規格外リンゴを生かしけり
7/9:甲南医療センターに行く。往復タクシーを利用した。往路3600(阪神タクシー)+復路3100(神戸タクシー)=6700円、一応神戸タクシーと10/7の予約をする。脳神経内科では動けなくなったら往診もあると言われる。次回に夜中のトイレの頻度から泌尿器科を紹介される。整形では足の動きを確認したが、MRI画像を見ながら特に問題がないのではと言われる。健診代0円。難病の脳神経からくるものではないかとの見解。脊髄小脳変性症更新の主治医の診断書を文書科で申込む。5500円。
・診察にタクシー利用涼しさよ
7/10:【そんな子はいてはならない(ヤマギシズム学園考17)】を投稿。吉田光男さんの『わくらばの記』の中に、『中学生のための社会科』から引用した「山岸会員との対話」のことが記録されている。それは、次のような内容になっている。《数年前、偶然に伝説されていたユートピア山岸会の会員と出会って話を聞く機会があった。これはいい機会だとおもって、聞いてみたい関心のあるところをたずねてみた。その肝要なところを記してみる。わたしが知っているのは山岸会がまわりを一般社会に囲まれたユートピアだということだけだった。》その中から、学園についての部分を見てみる。
《質問(吉本)もし会員の子弟が特殊な分野の勉強がしたくて一般社会にしか教えてくれる先生や専門家がいないので、そこで勉強したいといったらどうするのか。(山岸会の会員)そんな子はいませんよ。〈なぜという疑問を感じたが、会員も反対の意味で疑問を感じたらしい。)〉吉本 隆明は、北山修との対談集『こころから言葉へ』(弘文堂、1993)で、家族に替わる実験的な共同生活、共同育児の話題から次のように山岸会に触れている。「子どもが外の世界に出てゆこうとするのは当然あるだろうと思うので、そしたらどうするんですか、と言うのに対して、自由にさせるという答えを期待していたんですが,そうではなくて、『そんなことは言わない』というので、その点は疑問に思ったんです」
・政治家の失言のごと雹降るや
7/11:おぐらやま農場のシードルについて(たまゆらの記69)投稿。市場の動向に左右され「需要と供給のバランス」や「生産調整」などの名目で数多の農産物が廃棄されていると聞いている。農の営みというとき、それは経済的、産業的範疇としての農業をはるかに超えて、すぐれて人間的、社会的、文化的、自然的な意味をもつ。農の営みは、人間が生きてゆくために不可欠な食糧を生産してきた。「おぐらやま農場の原点」には次のようなことが書かれている。・農業という営みが内包する無限の豊かさ、農村風景の持つ素朴な魅力、自分のいのちをつなぐ食べ物に積極的に関われる喜び、そんなことを感じあえる仲間の輪が広がっていくことを願っています。この原点をこころに抱きながら日夜励んでいることが、生産物や農場便りなどから伝わってくる。
・人間的な農の営み青田風
7/12:医療や教育、農の営みなど社会が機能するうえで本当に必要なものが明らかになり、そうしたものは市場というシステムからはなかなか見えづらく、利益至上主義で考えないということの重要性が経済専門家をはじめ多くの方に認識されている。教育は、子どもたちが持っている資質を伸ばすことを、また医療は病気やけがの人を助けるもの。どちらも一人一人の市民が、人間らしい生活を営むために重要な役割を果たすものなので、国家によって官僚的に支配されたり、市場の基準によって利潤追求の対象にされるべきではなく、職業的専門家によってその知見や規範に従い管理・維持されなければならないとされている。というのが宇沢氏の考え方。
・医療・教育の市場原理や旱の世
7/13:「知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?」をみる。──番組のタイトルに入っている「!?(びっくりはてな)」は、「!」が感動、「?」は好奇心を表しているとのこと。タモリ: 研究者の方々の話が面白かったですね。皆さん、AIを研究しながら「自分とは何か」「人間とは何か」という問題にぶち当たるとおっしゃるんです。そこが一番“びっくりはてな”でした。そっちの方向に行くとは思わなかったです。山中: 個人的には、AI研究の第一人者、松尾 豊先生(日本ディープラーニング協会理事長、内閣府AI戦略会議座長、東京大学大学院教授)が、AIが急速に進歩していることによって、近い将来、AIが人間の脳を理解できるようになると言い切っておられたのに驚きました。僕自身、AIが人間の脳を理解するまでにはまだまだ相当な時間がかかるだろうという印象だったので、もうそこまで研究が進んでいるんだと“びっくりはてな”です。人間の脳のような多層構造を取り入れたAIが急速に成長した結果、そのモデルである人間の脳を理解する一歩手前まで来ているとは驚きでした。吉岡: 人間のように適応力のある人工知能・AGI(汎用人工知能)の研究は“びっくりはてな”でしたね。今まで小説や映画で見てきたSFの世界が身近に感じられましたし、少し脅威にも感じました。一方で、研究者の皆さんがワクワクしながら研究されていたり、その成果を話されていたりするのを拝見できたのもよかったです。考えることってこんなにも面白いんだと改めて感じることができました。
・AI研究から人とは何かわく清水
7/14:昨日ビデオ通話で道花一家と交信する。主に妻が相手して私は横で聞いていた。凪も大きくなり立つようになったようだ。主に心和と開一が登場、花野はほとんど出てこなかった。少し心配だ。居宅は自然に囲まれていて暑さは気にならないという。ウレタンマットレス厚み10cm、3つ折り洗えるカバー(ネイビー)がくる。配送伝票は「baby-days」ではなく会社名の「タンスのゲン」で記載されている。5999円。
・夏空やビデオ交信知る近況
7/15:ひだまり歯科に行く。上左端の歯が 下の歯がないので注意が必要、歯間ブラシで丁寧に磨くようにいわれる。往復タクシーを利用するが、往路1400円・復路1000円、運転手によって大分違う。容子さんからブルーベリーのお礼の電話がある。すぐに皆で食べたのこと、楽しみに待っていたようだ。こちらも贈りがいがある。
・ブルーベリー贈り贈られ楽しかり
7/16:「好奇心や「知りたい」気持ち。(子育ちアイリス通信21)」を投稿。人類学者の長谷川真理子は次のようにいう。〈この原動力はどこから生まれてくるのか。それはやはり「知りたい。説明したい」という欲求によるもので、知ることが楽しく、適切な説明ができると感じることが楽しく心地いいからだろう。一方、環境は日々変化していくため、それに適応するよう学び直しなどしていく必要があることも事実だ。それでも人類の根源的特徴として、「知りたい。」という欲求は存在する。〉
・夏季講習知の欲求で寄る老人
7/17:月刊MONSTER6月号より。ストレッチの効果、大きく分けて「静的ストレッチ」‐「関節可動域の拡大」「運動後の疲労回復」と「動的ストレッチ」‐「筋力発揮の向上」の2種類がある。「静的ストレッチ」-付け根を伸ばすことで歩幅を広げる①椅子に座り片足を大きく前に出す②後足のかかとを遠くに押し出すように膝を伸ばす③後足の付け根を30秒伸ばす。※上半身が前に倒れないように。「動的ストレッチ」-肩甲骨近くの背骨・肩関節の可動域を広げる。①横向きで軽く膝を曲げて手を合わせて寝る②片腕を開きながら上半身を天井方向に捩る③開いた体を戻すを繰り返す。※体を捩る際に骨盤も一緒に動かないように。
・筋力発揮ストレッチ後の夏氷
7/18:7月に甲南医療センターから2025年度難病受給者証の更新申請の診断書が届く。変化したところ。重症度分類について、1・軽度の障害(身の回りのことは介助なしに行える)から、2・中等度の障害(何らかの介助は必要だが、歩行は介助なしに行える)にかわる。次は3・中等度から重度の障害(歩行や身体的要求には介助が必要である)となり、現状は3に近い。ちなみに、0・症候なしから4・重度(寝たきり、失禁状態、常に介助と見守りを必要とする)までの5段階中での3である。他について。症状・脳神経について、3・構音障害に2眼振が加わる。歩行機能・起立について、2・自立歩行可能だがつぎ足歩行不可能から、3・閉脚起立不可能で開眼起立は可能にかわる。それ以外は特に変化なし。
・軽度から中度障害へ梅雨の闇
7/19:「〇〇ファースト」への違和感➀。「ファースト」は、英語の「first」をカタカナ表記した言葉で、日本語では「最初」「一番」「一番目」「第一」などの意味で使われる。また、野球では一塁手、または一塁ベースを指す場合もある。さらに、物事を優先する順序を表す際にも使われ、「〇〇ファースト」のように使われることもある。
「アメリカ・ファースト」は、ドナルド・トランプ大統領の外交政策の基本理念を表すスローガン。それは、アメリカの国益を最優先に考え、他国との関係においても、アメリカにとって最も有利な条件を引き出すことを目指す政策を指す。この理念は、国際協調よりも自国中心の行動を重視する姿勢として理解されている。具体的には、貿易、安全保障、移民政策など、多岐にわたる分野でアメリカ第一主義を掲げ、従来の国際秩序や同盟関係を見直す動きを見せた。現在話題になっている「関税問題」も。それに付随してなのか、「〇〇ファースト」を掲げている団体も現れている。
・「日本人・ファースト」への違和を覚ゆ大南風
7/20:「〇〇ファースト」への違和感②。日本に限らず、自国や自民族を「第一」に考えている風潮は世界的に起こっている。わたしは「日本」「米国」「中国」等だろうが「日本民族」「アラブ民族」「ユダヤ民族」等だろうが、それぞれの社会的な背景や特徴もあるだろうし、どれが優れているかなど判断はできないちと考えている。むろん、故郷を愛する心、つまり生まれ育った場所や地域に対して抱く愛情や慕う気持ちを意味し、その地域を大切に思い、貢献したいという気持ちの「愛郷心」は大切だと思っている。自己、家族や所属組織を優先する考え方は否定できるものではないが、ある国や民族を殊更「第一」とする考え方には違和感を覚えている。「日本人ファースト」の言葉は、「日本人を優先する」という意味になる。日本の国内には、数百万人の外国人、移民、難民、在日外国人が暮らしている。このことばは、その人たちへの支援や権利の保護を軽んじるということにつながる危険性があると考えている。
・滴りのごと愛郷心の発露かな
7/21:佐貝夫妻が19日から来訪し2泊した。のぶさんは平日しか見舞いに行けないので、21日は伊勢神宮によって鳥羽のホテルに泊まり、翌日のぶさんのところを訪れていわきに帰るという。ちょうど参議院選挙などがあり、そのような話題で過ごし、大いにくつろいだようだ。わたし自身は体のことや滑舌も悪く突っ込んだ話し合いはできないが、それでも何とかほどほどにつき合い、ほとんど妻が対応した。気が置けない人たちが来るのは気楽で面白い。
・気が置けない人の来訪風薫る
7/22:鳥羽のホテルで朝起きたら良明さんの膝が痛くて容易に歩けなかったそうです。それでもびっこを引きながら何とかのぶさんの見舞いをすませ、ネオポリスの鍼灸関連の診療所で診てもらい、いわき市の居宅に帰ったそうです。千鶴子さんは、のぶさんから「良明頼みます」と言われて感激したそうです。
・忍び寄る老化現象老の夏
7/23:泰子宛のlineで思ったこと。〈○良明さんの膝のこと。「老化」は徐々に進む面がありますが、それよりある段階で急にできなることがあります。自分の体験から、72歳を過ぎた難病になった頃から、それを実感するようになりました。分かったからどうなることでもないですが、くれぐれも無理なさらないように。
○のぶさんの感謝のことばと千鶴子さんのこと。以前98歳になる出雲の義母が老人施設に入所したとき、見舞いに訪れた義姉に、「あなたはどなたですか」と言われ、大変ショックを受けたと言っていました。義母は少し認知が入っていたとはいえ、また、義姉のあまり訪れないとはいえ、そういうこともあるのだなと思ったことがありました。定期的に訪問していた私たちには、親しそうに、よくいろいろな話をしていました。これは私の見解ですが、このような状況にある人にとって、どなたが大事な人であるかに敏感になっているのでしょうか。明晰な・のぶさんにとって千鶴子さんが、とっても大事な人に思えて、出てきたことばのような気がします。
・青葉風大事な人に感謝の意
7/24:3日前から左腕がかなり痛く、マッサージの伊原さんによると、かなり肩のあたりがパンパンになっているそうだ。必ず何らかの原因があるというが、あまり心当たりがない、しいて言えば大分前から就寝中に起きる時に体を支えるために左腕を使うのだが、それが原因かもしれないので、できる限り右から起きるようにしている。
また、伊原さんのアドバイスにより「片腕ブラブラ振り運動」をしている。
・何らかの原因あるやこの暑さ
7/25:「元学園生の手記を読んで 吉田光男(ヤマギシズム学園考18)」を投稿。吉田さんはヤマギシズム学園についていくつかの論稿がある。その中から、Iさんという元学園生の手記について書いたものがある。二回に分けて掲載。〈子どもは一人ひとり違っている。体力や能力が違うだけでなく、何よりもその一人ひとりを形成する心の宇宙が異なっている。大人ももちろんそうであるが、子どもは自分の心の宇宙で物事を感じ取り、理解し、それを広げることも、狭めることも、歪めることもする。大人と違って、子どもの宇宙はまだ柔らかくたくさんの色に染め上げられていない。しかも、個性があって、一律ではない。こうした子どもたちを世話しようとすれば、大人は自分たちの考えで子どもを律することなどできることではない。導くよりも何よりも、世話係はまず子ども一人ひとりを知り理解する努力から始めなければならない。子どもに教えるのではなく、子どもに学ぶことが学育の出発点なのだと思う〉など。
・個性ある子どもに学ぶ捕虫網
7/26:岩波新書「社会的共通資本」の序章において、21世紀の社会が目指すべきものとして「ゆたかな社会」という概念が提示される。「ゆたかな社会」とは「すべての人々が、その先天的、後天的資質と能力とを充分に生かし、それぞれの持っている夢とアスピレーションに相応しい職業につき、それぞれの私的、社会的貢献に相応しい所得を得て、幸福で、安定的な家庭を営み、できるだけ多様な社会的接触を持ち、文化的水準の高い一生をおくることができるような社会」(9頁)とされ、宇沢さんはそういった社会に必要な諸条件を5つ提示される。(1) 自然環境の安定的・持続的な維持(2) 快適・清潔な生活を営める住居と、生活的・文化的な環境(3) 子供たちが資質や能力を伸ばし、発展させ、調和の取れた人間として成長しうる学校教育制度(4) 疫病・傷害に際して、時々の最高水準の医療サービスの享受(5) 希少資源が、1-4の目的を達成すために効率的・衡平に配分されるような経済的・社会的制度の整備。「ゆたかな社会」と対極に位置づけられるものは、社会のセーフティーネットが充分に機能せず自己責任論が声高に叫ばれがちな新自由主義とも考えられる。
・社会的共通資本のゆたかな社会汲む清水
7/27:社会的共通資本は、社会の共通の財産として、社会的な基準に従って管理されなければならないと宇沢氏は言う。医療や教育、農の営みなど社会が機能するうえで本当に必要なものが明らかになり、そうしたものは市場というシステムからはなかなか見えづらく、利益至上主義で考えないということの重要性が経済専門家をはじめ多くの方に認識されている。教育は、子どもたちが持っている資質を伸ばすことを、また医療は病気やけがの人を助けるもの。どちらも一人一人の市民が、人間らしい生活を営むために重要な役割を果たすものなので、国家によって官僚的に支配されたり、市場の基準によって利潤追求の対象にされるべきではなく、職業的専門家によってその知見や規範に従い管理・維持されなければならないとされている。というのが宇沢氏の考え方。宇沢理論の興味深い点は「専門家・職業人」を社会的共通資本の管理運営において政府や市場の上位に置いているところである。この原則を宇沢は「フィデュシアリー (fiduciary) の原則」と呼ぶ。Ficuciary とは「信用・信託」のことである。
・有用性から遠く離れて水遊び
7/28:同書で農の営みについては、次のように述べる。《農の営みが、人類の歴史でおそらくもっとも重要な契機をつくってきた。将来もまた基幹的な地位を占めつづけることは間違いない。農の営みというとき、それは経済的、産業的範疇としての農業をはるかに超えて、すぐれて人間的、社会的、文化的、自然的な意味をもつ。農の営みは、人間が生きてゆくために不可欠な食糧を生産し、衣と住について、その基礎的な原材料を供給し、さらに、森林、河川、湖沼、土壌のなかに生存しつづける多用な生物種を守りつづけてきた。それは、農村という社会的な場を中心として、自然と人間との調和的な関わり方を可能にしてきた。どの社会をとってみても、その人口のある一定の割合が農村で生活しているということが、社会的安定性を維持するためにも不可欠なものとなっている。》(同書)
・
7/29:2020年のニュースレター「おぐらやま農場だより6月」の中で「麦畑で起こっていること(6月29日)」の興味深い記事がある。《今年は梅雨時期に強雨を伴う強風が何度かあり、収穫前の倒伏が高い割合で見られます。穂が膨らみ重くなった時に茎の堅さが追いつかない為に起こります。》とあり、次のような記事が続きます。「軒並み倒伏している小麦畑を見ると、麦畑の一番外側だけは倒れずに持ちこたえていて、どこの麦畑を見ても、倒伏する麦は畑の内側。いつも風にあたる外側は接触刺激でエチレンという植物ホルモン生成を盛んにし、根張りが強くずんぐり型の太い茎をつくるので倒伏しにくいようで、稲作の現場でも同じ傾向が見られます。」(要約)そして次のように述べる。《目の前の植物作物たちが、自然環境とどんな応答をしながら暮らしているのか、ちょっと意識を自然現象の方へ持っていくと時々面白いことを見つけられます。》ここの農場主らしい記録で、考えさせられることも度々ある。
・草笛や自然環境と応答す
7/30:前の記事から、「麦は踏まれて強くなり、唐辛子は煮詰められていよいよ辛くなり」との詩の一節の言葉が浮かぶ。“麦は踏まれて強くなる。”は、詩や人が育つうえでの箴言として、また、困難な状況に出会ったときに、よく引用される。麦を生業にしている農家の麦踏みは、芽が出て伸び始める時期に根元を踏むことで、エチレンの生成を促し、根元が強化され、その後、麦の背丈が伸びた時に、風に負けない強い麦が育つと言われる。ロシア・カムチャツカ半島でM8・7の大地震
・夏出水麦は踏まれて強くなり
7/31:土井さん来訪。更新手続きの重症度について、軽度から中等度に変わったことを伝え、訪問理容について調べてもらう。もっとも困っていることとして就寝中のトイレについて思っていることを言う。私の見解ではレム睡眠・ノンレム睡眠と関係あるのではないかなど言う。10月に泌尿器科に診てもらうことにしている。
・就寝中トイレ通いに脂汗