四季折々(日々彦の文芸欄)

日々彦の詩歌句ノート、随筆、講演、紀行文など

◎身体は世界とつながる「四季折々」(2020年11月22日~28日)

〇病とともに「四季折々」(2020年11月22日~28日)

(22日)〇二人目の孫のお宮参り。

 二歳のお姉ちゃんと新生児の弟を伴って娘夫婦と私たち夫婦で芦屋神社へお宮参りをした。

 お宮参りとは、子どもが生まれたことをその土地の守り神がいらっしゃる神社へ、子どもの健やかな成長を祈って参拝する儀式のことを表す。文化的な生活が営まれるほどの昔から、日本人は新たな生命の誕生を祝う行事を行ってきたといわれている。

  お宮参りは地域の違いはあるとしても、生後一ヵ月ほどの時期に行うことが一般的らしいが、赤ちゃんの状態や母親の産後の回復の様子などをみながら、上の孫と同じように、ほぼ三か月後に企画した。

  三か月も経つと、新生児もある程度しっかりしてきて、よくは分からないとしても、家族と馴染んでくる。そして、母をはじめ、身近な人たちに、ここまで育ったなと思わせる月日でもある。

  はじめて、お姉ちゃんのお宮参りの話を娘夫婦から聞いたとき、関心はそれほどなかった。だが、生まれたばかりの赤ちゃんを育てていくことは大層なことなので、大事な節目になるかもしれない。

  また、二年前のお姉ちゃんのときも思い出していた。そのお姉ちゃんは、よくわからないにしても、楽しそうにはしゃぎまわっていた。

  形式は自分たちのやれる範囲でお祝いすることで、このような通過儀礼は、娘夫婦をはじめ関係者にとって喜ばしいことだなと改めて感慨を懐いた。

・宮参り茶花のごときあかんぼう

 

(23日)〇孫の成長記録(姉2歳1ヶ月、弟3ヶ月)①

 弟が出来たことで、2年ほどの違いがあるお姉ちゃんの育ちを振り返ることもあり、乳児の育ちを複合的に見ることができ、面白い。

  弟は3ヶ月を過ぎ、目元もしっかりしてきて、目の前のものをじっくり見つめる時間も長くなり、追視できる範囲も徐々に広がっている。

 また、眼の輝きからすると、娘宅とわが家の違いやいろいろなことが何だかわからないにしても違いが分かるのではと思う。

  お姉ちゃんは話す言葉も増え、わが家にくると「これはナニ?」と問いかけることも増えてきた。

 妻の投げかけに対して、オウム返しに言ったりして、自己主張もあり、コミュニケーションになっている。

  手先も器用になり、ものを食べるとき、少し前まではすぐに手掴みになっていたが、スプーンやフォークを上手に使って食べている。

  最近のお気に入りは、ボールペンやマジックペンで何か描くことで、まだまだぐるぐると円らしきものを描くことや線をぐしゃぐしゃと描ける程度。さらに、ボールペンを分解したりして、興味深そうに遊んでいる。

 ・二人目の孫は男よ冬林檎

 

 (24日)〇孫の成長記録(姉2歳1ヶ月、弟3ヶ月)②

 二人に共通していることは、体をつかって表現すること。

  弟は、泣くとき手足をバタバタさせ体を揺らして泣く。全身を使って表現している。

 お姉ちゃんは、大層嬉しいとき全身を使ってジャンプしたり、手をあげたりして喜ぶ。

  私の場合は、喜びにしても控えめにしているような部分があり、乳幼児の生命力の素直なエネルギーを感じる。

  乳幼児がどうやって世界を知るのかといえば、ほとんどの情報は「からだ」を通じて脳に入ってくるのではないか。

 手で触ってみる、耳で聞く、目で見る、舌で味わうなど、身体は外界と脳とをつなぐ接触面の働きがある。手足、皮膚、目、耳、鼻、口などなど。

  からだを取り巻く感覚やお母さんなどの密着した人をも含めた「身体性」こそが、子どもが世界とつながる基盤であると思う。

 ・全身で喜ぶ孫の息白し

 

(25日)〇BSプレミアム映画「運び屋」を観る。

 内容:巨匠クリント・イーストウッドが自身の監督作では10年ぶりに銀幕復帰を果たして主演を務め、87歳の老人がひとりで大量のコカインを運んでいたという実際の報道記事をもとに、長年にわたり麻薬の運び屋をしていた孤独な老人の姿を描いたドラマ。家族をないがしろに仕事一筋で生きてきたアール・ストーンだったが、いまは金もなく、孤独な90歳の老人になっていた。商売に失敗して自宅も差し押さえられて途方に暮れていたとき、車の運転さえすればいいという仕事を持ちかけられたアールは、簡単な仕事だと思って依頼を引き受けたが、実はその仕事は、メキシコの麻薬カルテルの「運び屋」だった。脚本は「グラン・トリノ」のニック・シェンク。

 映画の中で印象に残ったセリフに「人生のやり直しに遅過ぎるということは無い」がある。

 主人公が、ふとしたことから悪事にそまり、徐々に仕事と自分の意欲を優先していたことに気が付き、家族とのつながりを大事にするようになり、周囲の人々も人情や思いやりという人間の心の部分を思い出して和やかな人間関係を築いていく様子が描かれていく。

  また、“デイリリー”の花言葉、「苦しみからの解放」を踏まえて映画を観ると、刑務所生活を終えて、映画のはじめにあるように、アールが“デイリリー”を栽培しているラストも印象に残る。

 ※デイリリー(ユリ科・多年草・四季咲き)はノカンゾウを園芸用に品種改良したものともいわれている。

・やり直し遅くはないよ朴落葉

 

(26日)〇岩田さんの個展の記事が中日新聞(26日)に掲載されている。

 「中日新聞(25日)の記事」から

【「院展」3回入選 鈴鹿の岩田さん初の個展】

 〈岩田さんは長野県諏訪市に生まれ、京都造形芸術大(現京都芸術大)で日本画を学んだ。鈴鹿市に転居後は農業関連の会社に勤める傍ら、絵画展向けに描いてきた。院展で入選三回の経験も持つが、趣味の範囲にとどめていたという。

  転機は二〇一九年十二月に訪れた。前年から左手の指先に力が入らず、不審に思って受けた二回目の検査で、ALSと診断された。利き腕は右のため、絵画を描く際の影響は今のところないというが、進行性の病気のため今後は分からない。実力を知る友人たちから創作に専念するよう勧められ、勤務先の理解を得て就業時間を減らし、絵筆を執る時間を増やしている。

  既に左手の筋肉は落ち、左肩も力が入らない。治療が難しい病気と向き合う中、創作時の心境も変わってきた。岩田さんは「発症前は入選したい、認められたいとの思いが強かった。でも、今は『自分らしく』との周囲の声を聞き、表現したいものを素直に描いています」と話す。

 初個展には日本画を中心に六十点を並べた。いずれも〇七年以降の自信作で、十五点は診断後の作品だ。個展のタイトルは「無辺の情景」。「無辺」は限りない様子、広大な様子を指し、自然の遠望や共生社会をテーマに描いてきた経験から選んだ。

  ALSを患い、新たな目標が生まれた。「右手が動く限り、最新作を中心とした個展を毎年一回開いていきたい」。難病にあらがい、絵筆を執る自身の可能性も「無辺」だ。会期は二十九日まで。〉

 ・病を得て無辺の世界に遊ぶ冬

 

(27日)〇「無辺の情景」表現 画家の岩田さん初個展

 毎日新聞(24日)の記事に次のように紹介されている。

〈個展のテーマは「無辺の情景」。岩田さんは「隔たりのない、果てしない心の世界を表現したい」と語る。〉

 岩田さんは掲載作品「冬影」について、Facebookの記事に次のように述べています。

《「冬影」は故郷諏訪湖をモチーフに子どもが遊ぶ姿に自分自身の幼い頃を投影しました。5歳の頃の記憶を思い出しながら。記憶とは影のようなもののように思いました。光の当て方次第で変化します。過去の記憶も、今現在の見方で変わって見えてきますよね。もう実在しないのが記憶ですが、今の自分を作っている土台にもなっています。最も純心で凛々しかった頃が蘇ってきます。というのが僕の思い。》

・果てしない心の世界冬霞

 

(28日)〇長田弘の記憶についての断章から

・〈記憶は、過去のものではない。それは、すでに過ぎ去ったもののことではなく、むしろ過ぎ去らなかったもののことだ。とどまるのが記憶であり、じぶんのうちに確かにとどまって、じぶんの現在の土壌となってきたものは、記憶だ。

 記憶という土の中に種子を播いて、季節の中で手をかけてそだてることができなければ、ことばはなかなか実らない。じぶんの記憶をよく耕すこと。その記憶の庭にそだってゆくものが、人生とよばれるものなのだと思う。

『記憶のつくり方』は、記憶の庭にそだったことばを摘んで、かたちにとらわれずに、ただ、忘れたくないことだけを誌したものだ。詩とされるなら、これは詩であり、エッセーとされるなら、これはエッセーである。(中略)

 思いをはせるのは、一人のわたしの時間と場所が、どのような記憶によって明るくされ、活かされてきたかということだ。(『記憶のつくり方』「あとがき」晶文社 1998より)〉

・「それが一体何になる」

〈人生とよばれるものは、わたしには、過ぎていった時間が無数の欠落のうえにうつしている、或る状景の集積だ。親しいのは、そうして状景のなかにいる人たちの記憶だ。自分の時間としての人生というのは、人生という川の川面に影像としてのこる他の人びとによって明るくされているのだと思う。

 書くとは言葉の器をつくるということだ、その言葉の器にわたしがとどめたいとねがうのは、他の人びとが自分の時間のうえにのこしてくれた、青い「無名」、青い「沈黙」だ。(『記憶のつくり方』自分の時間へから)〉 

・落葉焚き記憶の庭の手入れかな 

◎日々の大事なこと「四季折々」(2020年11月15日~21日)

〇病とともに「四季折々」(2020年11月15日~21日)

(15日)〇11/15NHK俳句。題「茶の花」選者・西村和子、司会・岸本葉子。

ゲスト・浜口京子 ・茶の花や子のとき食べし菓子に似て(純気・俳号)

・陵(みささぎ)に番所がありて茶の木咲く 西村和子

・茶の花や舞妓の下駄の軽やかに 京都市 武本保彦 特選一席

※「場所、時を説明してないでもよく情景が浮かぶ句。茶祖・栄西の建てた建仁寺が頭に浮かんだ、」(西村和子)

・茶の花や赤児を抱いて姉戻る 千葉県君津市 叶矢龍一郎 ↑特選ニ席

・白き猫茶の花垣に消えにけり 横浜市 髙木統 特選三席

・庫裡の灯のとどき茶の花明らかに 横浜市 本間芳明 庫裡(住職の住まい)

「ようこそ句会へ」―「袋回し」

▪️各自袋に兼題を書き隣の人に回す。全員書き終わったら

▪️各自袋に書かれてあった題(「題詠」)の句を3分以内で作り袋に入れる。(パスも可)

▪️全句清記し、各自選句。

▪️選の披講。その時句を読み上げられた人は名乗る。

 このブログでは、一週間ごとの記録に合わせて、それから思いついたことを俳句に詠んでいる。大体は土日にかけてまとめて考えていくので即吟ではないけれど、この方式も面白いと思っている。

・茶の花や蕊にきらめく陽の光

 

(16日)〇第55回NHK厚生文化事業団障害福祉賞優秀賞の優秀(第2部門)に白井京子さんが選ばれました。

 作品名:「ひとりごと~高次脳なオットとコロナと今を生きる~」

 (白井 京子、57歳、大阪府在住、夫が高次脳機能障害)

  この賞は障害のある人自身の貴重な体験記録や、障害児・者の教育や福祉の分野でのすぐれた実践記録などに対して贈るものです。

 コロナ禍で障がい者の生活や介護の現場はいろいろ厳しいと思います。その中でどのように明るくいっちゃんと京子さんは暮らしていたのか、読んでみたいですね。

・福祉賞の連絡あるや小春風

 

(17日)〇T・Yさんの「命の終い方」について思うこと➀

 八尾さんのかなり厳しくなってからのFacebookの記事や交信からは、「奥さんをはじめみんなに支えられて生かされている」という心がしみじみ伝わってきていました。

 次の記録も印象に残っています。

〈2020.7.31:いろいろ心配してくれてありがとう。まず前提にそれぞれその人のいきかたがある、死に方もあると思います。私が共同体と言われる村を出る時はっきり決めたこと、それは世間の普通の人と一緒に暮らすことでした。近所の人、いろんな宗教の若い人(近くにいろんな宗教がある)としゃべったり。農業をやる人、後継ぎでやってる人としゃべったり。だから今の保険での標準治療をやって、どんな気持ちになり、医療従事者の姿に接していろいろ考えさせられました。私のおやじは普通の親父でしたが、にてきましたね。尊敬してますよ。それぞれの生き方死に方を出来ることなら否定しないで見守ってくれると嬉しいですね。

 2020.8.7:抗がん剤治療のこと。

 2回めの抗がん剤治療終わって回復期一週間気が付いたこと。だいぶ食欲戻り、体重はこれから、これだけ痩せるかと思うだけやせ、ちょっと近所散歩。この標準治療をやると体力落ちるのは仕方がないが、それよりも、もっと大事なことは精神的に落ち込んだり、およよと予期せぬ事態に苦しんだり、心の部分の大きさを思われる。だからやめとけと言う体験者が多いと思われる。いい体験ですな?

 2020.8.14:自宅でがん療養中、一番大切なこと。連れ合い妻の存在がつくづく思われる。生活面も大きいが。なにより精神面、心の支えになってる。これが一人での生活だとぞーっとする。〉

・枯野道枯れゆくものの放つかげ

 

(18日)〇T・Yさんの「命の終い方」について思うこと②

 奥さんから次のファクスがありました。

 10月19日からT・Yさんがお亡くなりになる11月8日まで、在宅療養支援診療所のTホームケアクリニックのT医師に家での暮らしサポートをしていただいたそうです。

  そのT医師のブログに、ちゃんと自分自身で身近な人たちと人生会議を見事にしていた八尾さんのことが紹介されていました。

  内容は、やがて死にゆく彼の意思として、奥さん、娘さん、T医師に明確に伝え、それをやりきってすこやかに旅立されたことなどが書かれています。

 その内容から、彼らしい潔さを感じました。

 病状が大層厳しい状態になるとある程度予想がつき、そのときに切実に思ことは、大きく二つあるのではと思います。

  一つは、自身が心穏やかに旅立こと。もう一つは、奥さんをはじめ身近な人たちが悲しみの中でも、「忠夫さんよくやったよ、ありがとう」と旅立の見送りができること。

  何せ、大層痛々しい人をケアする親身あふれる伴走者にとって、当事者と同じぐらい心が痛々しくなるのではないでしょうか。

 そのことを含め、身体の状態がどうあろうとも意識が明確ならば、もう一段階高い客観的な眼で、自分のことと残された家族など身近な人のことも同時に、今何をしたらベストなのか、考えるようになる方もいるのではないでしょうか。といっても難しいことですが。

 T・Yさんはそのことを十二分に自覚していたと思います。

 Tさんは、このような仕事をしている医師として、いろいろなケースに触れていると思います。

 その中で、T医師のブログから、そのことを充分にやり遂げて旅立れた彼の生きざまに強い印象を受けたことが伝わってきました。

・臨終の感謝の言葉冬の虹

 

(19日)〇T・Yさんの「命の終い方」についてのコメントから。

 K・Yさんのコメント:〈八尾さんのこと伺うと、つい主人が心静かに、亡くなった時のことが思い起こされました。生きる、死ぬ、が同じ大切なこと、自然なこと、当たり前のことと受け止めることができ、死が全くふつうの、ご飯を食べたり、友達と談笑するような、そんなものになりました。〉

 印象に残る俳句に「死ぬときは箸置くやうに草の花(小川軽舟)」がある。おそらくYさんも、そのように心穏やかに逝かれと思う。

 旅立く人も見送る人も、死に際してもそんな穏やかな気持ちであれたならば、どんなに幸せであろうか。取り合わされているのが名も無き秋の草の花であることも、この句の世界をつつましやかなものにしている。

 ・死に際は箸置くやうに冬薔薇

 

(20日)〇毎日のようにしている行動に、大事なことがある。

 稲垣えみ子「(ザ・コラム)選挙の後に 毎日が投票日かもしれない」(朝日新聞デジタル 2015年1月3日より)読んで次のことを思った。

 私たちは、長い間ものを買うときに、品質とともに値段を気にし、少しでも「特」になる安くていいものを得られるようなところを狙って、いろいろ調べて買っていた。そのほうが、特定な関係による変なしがらみがまとわりつくことなく、自由な感じがしていた。

  だが、出雲に移住してから、様々な人と交流を重ねるうちに、徐々になじみの人とそのお店や会社が増えていき、次第に値段というよりも、総合的な信頼感のようなものでつながりができてきて、そこで必要なことを誂えるようになっていった。

  そうなると、買い手と売り手との関係でなくなり、業務以外のいろいろな日常的な相談事も交わし合うようになっていく人も増えていく。神戸市への引っ越しに際して、そのような方たちにもお世話になった。神戸にきてからもいろいろな方に支えられている。

  緩やかではあるが、このような交流が地域社会づくりにつながっていくように思っている。

 日々、当たり前のようにしている行動に、大事なことがあるのではと考えている。

 ・支え合ふ買い手と売り手酉の市

 

(21日)〇ETV特集「親のとなりが自分の居場所 ~小堀先生と親子の日々~」を観る。

 在宅医・小堀鴎一郎医師に導かれ、父の“看取り”を担うことになった50代息子。職に就けず家にこもり続けた生活に起きた変化とは。二年以上に及ぶ親子の記録。

 番組内容:在宅での終末医療を担う小堀鴎一郎医師。訪問先の高齢患者には、仕事を持たず家にこもり続ける中高年の子供がいる場合が多い。そんな一人、若い頃仕事で挫折、その後精神的に不安定となった50代の男性。小堀医師に導かれ末期ガンの父の看護を始めると、少しずつ変化が。増えていく会話、豊かになっていく表情。小堀医師と患者親子の日々を二年以上にわたり取材。看取り(みとり)を担うことで子供が居場所を見つけていく姿を描く。

番組を制作したNHKエンタープライズ 情報文化番組部 エグゼクティブ・プロデューサー下村幸子は次のように言う。

〈超高齢化社会のなかで、8050問題として、中高年の「ひきこもり」が問題視される風潮もあるかもしれない。

 でも、年老いた「親の看取り」に彼らが社会でみつけられなかった「生きがい」や「やりがい」を見いだせたなら、それはそれで「生き方の選択肢」として受け入れられる社会であってほしいと切に願う。〉 

・寝たきりの親の看取りや葛湯煮る

 

◎友の旅立「四季折々」(2020年11月8日~14日)

〇病とともに「四季折々」(2020年11月8日~14日)

(8日)○まだまだ不透明な部分があるが、一応バイデンが当確したらしい。

 米大統領選では7日午前(日本時間8日未明)、民主党のジョー・バイデン副大統領(77)の当選が確実になった。バイデン氏は同日夜、勝利宣言をし、「分断でなく団結させる大統領になる」と誓った。

 今回の大統領選では、様々な新記録が樹立されている。ロイター通信などによると、バイデン氏の得票数は歴代の米大統領選候補の中で最多の7500万票を超え、これまで最多だった2008年のオバマ氏の記録(6949万8516票)を破った。期日前投票も過去最多の約1億200万票にのぼる。投票率も過去最高の66%以上となる勢いだ。候補者自身も新たな記録を刻む。来年1月の就任時に78歳となるバイデン氏は、過去最高齢の大統領。タッグを組むハリス氏は大統領として、初の「女性」「黒人」「アジア系米国人」となる。また政治献金などを調べる「センター・フォー・リスポンシブ・ポリティックス(CRP)」によると、今回の選挙にかかった総額は約140億ドル(約1兆4千億円)で、過去最高となったという。

 一応勝敗は決まったらしいが、南北戦争以来と言われる国の分断は残ったままだ。トランプ氏を支持した7千万の声を聞き、reconciliation(和解)を進めなければ、米国は崩れる。そして、トランプ氏に共感する人は日本も含め、世界中にいることを忘れてはいけないといわれている。

 また、大統領に「助言と同意」を与える権限がある「上院」が決まらず、ねじれ国会になる恐れもあるという。

 印象に過ぎないが、トランプはよくわからない所が多々あり、どうしてこんなに支持されているのか不思議に思っている。今後どうなっていくのか注目している。

 ・アメリカを揺るがす選挙野分後

 

(9日)〇11/8NHK俳句。題「手袋」。選者・対馬康子。ゲスト・ダ・パンプのKENZO。司会・武井壮。

・鳥の抜け殻として拾う手袋 長野県須坂市 未穂 特選一席

・手ぶくろへ蕾のやうに手のかたち 愛知県犬山市 有本仁政 特選ニ席

・狐火や手袋買ひに来りしか 埼玉県秩父市 須田真弓 特選三席

・一対の手袋吾になる途中 長崎県佐世保市 内野 悠

・指と指手袋すれば求め合ふ 兵庫県西宮市 宇野正光

・手袋が人を見捨てし道の上 山梨県甲府市 村田一広

・手袋の五指恍惚と広げおく(対馬康子)

・秋の声体に問いかけ夢に舞う(KENZO)

・ジャンパーを脱ぎ捨てて立ち夢に舞う(KENZO)

・鞍越しの鼓動尖りて冬来る(武井 壮)

 ※この句を説明する時に、武井氏、武豊さんの面白い言葉を紹介してくれた。

「人馬一体と言うけど、実は人馬ニ体である。人と馬のニ体が如何にコミュニケーションをとれるかが大事。」

 本質的に異質な人と人が共に生きていくために、良質のコミュニケーションが必要になってくるので、これは大事なポイントだと思う。

 ・友逝くや手袋はずし骨拾ひ

 

(10日)〇友人T・Yさんの旅立について➀

 八尾忠夫さんが11月8日にお亡くなりになりました。

  その後、奥さんからファクスで次のような連絡がありました。

 〈車椅子に移動して、パソコンの前には行きました、今日はこれだ、と。

 Facebookに「皆さん さようなら」と書くのが最後と言っていたのですが、かなわぬままでした。

------6日から私と3人の娘でケアをして、8日の朝に息をひきとりました。

------家族ら14人で納棺し、火葬場でのお骨拾いも、0歳の孫まで静かに行いました。

------遺影はY子さんと一緒に登山した赤岳登頂時ので、とてもよい表情になりました。

  ありがとうございます〉

  奥さんや子どもたちに見送られて、さぞや穏やかに旅立たれと思っています。

・生も死も天命なのか露の玉

 

(11日)〇友人T・Yさんの旅立について②

 八尾さんとは北海道の試験場で知り合ってから40年以上たちますが、よく交流するようになったのは、20年ほど前ある共同体を離れてからです。

 その後度々、様々な話を交わすようになりました。今年に入って、私の体のことやコロナの影響でお会いしていなかったです。

 彼の病状の厳しさを知るにつれて、お会いしたいと思いながら、果たせないままでした。そんな折先日ファクスがあり、先日携帯で連絡を取り合いました。

  彼は心底から明るい方で、話しだすと対から次へと話題が尽きることがありませんでした。

 関心ごとも幅広く、社会のことから共同体のことまでよく話し合いました。

 趣味も多彩で、山のこと、文学、映画など、いろいろな話を交わしました。

 書くことはあまりしていないようでしたが、Facebookの記載は短文だが考えさせられる内容で面白く、私の記事に対してよくコメントをもらいました。その視点は鋭く、楽しみにしていました。

  近来親しくしている方の訃報を聞くにつれ、いろいろな思いが出てきますが、同年代の長年旧交を温めてきた人の死去はことさら寂しいです。

 ・彼はかの世我はこの世に秋二つ

 

 (12日)○がん発病後の記録から①

▼2016.4.7:69才にして始めての入院、ガンと決定。

 2016年4月6日 - 病院で、かかりつけ医に体の不調を訴える。

 尿がかなり濃いアメリカンコーヒーぐらい。体のあちこちがかゆい。早速エコーで調べると、すい臓と肝臓との管の合流のところに腫瘍が出来てるらしい。すぐ診断書が出され、市民病院へ、明くる日入院となる。腫瘍が良性か悪性か断定するのにいろいろ検査。

 まず内視鏡を十二指腸まで入れ腫瘍のサンプルを取る。結構こたえる検査でした。

 何日が後、ガンと判定される。

 *自分がガンになった時は、こうすると考えていたこと。

・自分の心の動揺をみてみよう(観察する。おもしろがる)

・自分の身体の内部に語りかけてみよう。(そんなセッションがあったかな)

・老いていくこととか、死に向かう時とか、その身の回りの条件環境に対して不平はない。その時々でOK

・いろんな治療を楽しむ、病院生活も楽しむ、いろんな患者をみてみる。

・この際、自分と向き合ういいチャンス、神からプレゼント。

・病院生活からみえてくるものがある。

・ガンを育てたのも、自分の身体、何がそうさせたか少しでもみえたら(自分なりの実感)

 *そんな、こんなと、その晩うかんできたことです。

▼2016.6.17:人生始めての入院、その時のメモがあったので載せます。検査で2週間、手術で一か月、退院して17日たちました。

 不思議なものだ。いろいろ書く気になるなんて、なってみないとわからないものだ。

 4月医者からすい臓がんと断定され、不思議とショックなし、でも生死がグット身近になった。

 窓から見える武庫川の桜も見え方が違うクリアーだ、やっぱり景色は心で見ているんだ。入院生活意外といいもんだ。

 十分な内省する時間がある。(することがない)

 病気が検査ではっきりわかるようになり、それにより生死がせまってくる。これが少し快感かも。神様があたえてくれた貴重な時間かも。

 自己納得(生きるコンセプト軸にそった)で終う。終い方とは(方法ではなさそう)こうすりゃよかったはない。後がないので。 

・おい癌よ仲良くしよう月見酒

 

(13日)○がん発病後の記録から②

▼2020.7.9:退院して、落ち着きました。抗がん剤は本当に大変でした。身体の細胞に作用するとはこんなことか。想像を絶する体験でした。すい臓がんの性質から進行が月単位で進み、あまり種類のないなかで、標準の一番きついのをやりました。いろいろホローをしてもらい担当の若い女医(娘ぐらい)親身にしてもらい、もう二度とするものかと思っていたのが、退院するときはこの先生に預けようという気になりました。でもこのがんはそんなに治療方法は多くなく、これからどうするかどう終末を迎えるか自分で決めないと、退院前のがん専門の看護師さんとの面談でいろいろ聞いてもらえました。どうするかはこの後で書きます。よろしく最後までそれとなく見ていてください。

 ▼2020.7.31:いろいろ心配してくれてありがとう。まず前提にそれぞれその人のいきかたがある、死に方もあると思います。私が共同体と言われる村を出る時はっきり決めたこと、それは世間の普通の人と一緒に暮らすことでした。近所の人、いろんな宗教の若い人(近くにいろんな宗教がある)としゃべったり。農業をやる人、後継ぎでやってる人としゃべってり。

 だから今の保険での標準治療ををやって、どんな気持ちになり、医療従事者の姿に接していろいろ考えさせられました。私のおやじは普通の親父でしたが、にてきましたね。尊敬してますよ。それぞれの生き方死に方を出来ることなら否定しないで見守ってくれると嬉しいですね。

 ・黄落期散るも残るも風情かな

 

(14日)○鶴見俊輔悼詞』編集グループSURE、2008。より(※鶴見さんが、交わりのあった百数十人の故人について悼む心を綴ったもの)

 「あとがき」

 私の今いるところは陸地であるとしても波打際であり、もうすぐ自分の記憶の全体が、海に沈む。それまでの時間、私はこの本をくりかえし読みたい。

 私は孤独であると思う。それが幻想であることが、黒川創のあつめたこの本を読むとよくわかる。これほど多くの人、そのひとりひとりからさずかったものがある。ここに登場する人物よりもさらに多くの人からさずけられたものがある。そのおおかたはなくなった。

 今、私の中には、なくなった人と生きている人の区別がない。死者生者まざりあって心をゆききしている。
 しかし、この本を読みなおしてみると、私がつきあいの中で傷つけた人のことを書いていない。こどものころのことだけでなく、八六年にわたって傷つけた人のこと。そう自覚するときの自分の傷をのこしたまま、この本を閉じる。
(二〇〇八年八月一九日  鶴見俊輔)

・やがて我の記憶の沈む秋の海

◎いのちの閉じ方。「四季折々」(2020年11月1日~7日)

〇病とともに「四季折々」(2020年11月1日~7日)

(11月1日)11/1NHK俳句。選者・小澤實、司会・戸田菜穂、題・「インバネス」。

 ゲスト・若手俳人の西村麒麟。お笑いの宮戸洋行も「インバネス」を着て出演。

・インバネス死後も時々浅草へ 西村麒麟。八田木枯の「インバネス戀のていをんやけどかな」を念頭に置いての作

 西村麒麟:1983年大阪市生、尾道育ち。高知大学卒業。「古志」(長谷川櫂)同人。句集『鶉』(第5回田中裕明賞)。2019年第65回角川俳句賞受賞。小澤「俳諧優遊派」と呼ぶ

・へうたんの中に見事な山河あり(小澤實の好きな俳句)

「西村麒麟の代表句」 

・後列の頑張ってゐる燕の子  ・へうたんの中へ再び帰らんと

・へうたんの中に無限の冷し酒・夕立が来さうで来たり走るなり

・朝食の筍掘りに付き合へよ ・鯖鮓や机上をざつと片付けて

・インバネス脱ぎ給へ酒飲み給へ 新宿区‐藤井祐喜 特選一席

・パビナール依存斜陽をインバネス 石川県‐酒谷百合子 特選ニ席

※パビナールは鎮痛剤でアヘンに含まれる成分が入っており、半合成麻薬。

・このインバネスなら質草になるか 名古屋市‐山田陽子 特選三席

※『芝不器男賞』‐「大石悦子奨励賞」受賞者:西村麒麟

  俳人にとどまらず多くの先人の世界を句の中に抱懐し、飄々として達者。その人物を当人なりに昇華しており、深読みするほどに世界が広がる。《先頭が八田木枯鶴帰る》《俊寛に鰹が釣れてよき日かな》

 この週は若手俳人の紹介があり、このような機会がないと関心を持たない私にとって、いろいろ調べることになり、その感性に触れるのは刺激になる。

・へうたんへ駒を抱へてひきこもる

 

(2日)〇「命の閉じ方」(佐々涼子『エンド・オブ・ライフ』を読む)①

 本書は、著者が在宅医療の取材に取り組むきっかけとなった自身の母の病気、それを献身的に看病する父の話を横軸に、看護師の男性との出会いと別れを縦軸に、京都の診療所を舞台に、在宅医療に関わる医師や看護師、そして患者たちの7年間にわたる在宅での終末医療の現場を活写する。自身や家族の終末期のあり方を考えさせてくれるノンフィクション。

  本書扉に、「これは、私の友人、森山文則さんの物語」とある。

 森山は、京都にある渡辺西賀茂診療所の訪問看護師だ。数年間で200人以上を看取ってきたという。本書のプロローグは、2018年8月に彼の身体に起きた、小さな異変の記述から始まる。そして、48歳で肺転移のある膵臓がんと診断された。生存率の低いすい臓原発のがん(ステージⅣ)に侵されていた。

  そして、彼は最後の仕事として「患者の視点から在宅医療を語る本をつくりたい」と著者に共同作業を持ちかける。

 〈森山の仕事は、患者が死を受容できるように心を砕き、残された時間を後悔のないように生きるよう導くことだった。彼はすでに自分が終末期に近づきつつあることを、わかっているはずだ。しかし、彼の口からはこんな言葉が漏れた。

「僕は生きることを考えてます」(本書「2018年現在」より)

 ・生きていることを大事に秋うらら

 

(3日)〇「命の閉じ方」(佐々涼子『エンド・オブ・ライフ』を読む)②

 本書は終末医療のさまざまな具体例が活写され、いろいろなことを考えさせられる。読み進めてきて、最期の「あとがき」が身に沁みてくる。

〈七年の間、原稿に書かれなかったものも含めて、少なくない死を見てきたが、一つだけわかったことがある。それは、私たちは、誰も「死」について本当にはわからないということだ。これだけ問い続けてもわからないのだ。もしかしたら、「生きている」「死んでいる」などは、ただの概念で、人によって、場合によって、それは異なっているのかもしれない。ただ一つ確かなことは、一瞬一瞬、ここに存在しているということだけだ。もし、それを言いかえるなら、一瞬一瞬、小さく死んでいるということになるのだろう。

 気を抜いている場合ではない。貪欲にしたいことをしなければ。迷いながらでも、自分の足の向く方へ一歩を踏み出さねば。大切な人を大切に扱い、他人の大きな声で自分の内なる声がかき消されそうな時は、立ち止まって耳を済まさなければ。そうやって最後の瞬間まで、誠実に生きていこうとすること。それが終末期を過ごす人たちが教えてくれた理想の「生き方」だ。少なくとも私は彼らから「生」について学んだ。(本書「あとがき」より)〉

 ・未知数の余生尊し紅葉狩

 

(4日)○自分にとっての「命の閉じ方」

 55歳頃から10年程、主に重度心身障がい者関連の仕事や義父母の介護などに照らしながら読んでいた。この事業所の森山さんをはじめスタッフの方々に触れて、ここまでやるのだなと、その心に関心をしていた。だが比較するものでもないし、自分としてはそれなりにしていたと思っている。むろん、もっと寄り添っていったらよかったなと、いくつかの反省はある。

  難病にかかり、妻の支えなしには外出もままならない現在の自分にとって、「いのちの閉じ方」に思いをはせることもある。また、当事者と同じように、あるいはそれ以上かもしれない身近な人、家族の心の不安をも思う。

  著者が「あとがき」で述べているように「最後の瞬間まで、誠実に生きていこうとすること」を、こころに置いておきたい。

 ・支へられ妻と高きに登りけり

 

(5日)○娘夫婦の事業所の従業員が新型コロナに罹患。

 娘夫婦の大阪の事業所の従業員が新型コロナに罹患し、事業所は閉じ、当分の間業務を在宅テレワークに切り替えるそうである。

 まだ出来るだけ遠くには出かけないようにはしているが、近くのいろいろな場にいき、おおぜいの人びとに出会う。まだ収束したわけでもないし、むしろ広がりつつある。

 また医療、介護の現場をはじめ、経済、経営などの厳しい状況は続くだろう。

 コロナの影響は世界的な広がりで、特に欧米ではかつてない勢いで感染者が急増しているという。

 身近なひとが罹患すると、なおさら考えてしまう。シャカリキになる必要はないが注意をして置くことだなと思う。

 ※兵庫県は5日、県内で43人が新型コロナウイルスに感染していることが新たに確認されたと発表した。

・コロナ禍の生死を語る濁り酒

 

(6日)〇「死」に対する心構え。

 さまざま社会現象や知人、友人の近況に触れて、何がおこるのか、いつどうなってしまうのか分からないなということを改めて感じる。特に50歳頃肺気腫で1か月入院し、肺・呼吸系統は弱いので、新型コロナウイルスについて少し気にはなっている。

  近年、身近な知人や友人を見送ることが多く、昨年は長年交流していた同年代の友人がたて続けに亡くなり、自分も「死」を思うこともある。といっても差し迫っていると感じているわけでもないし、そこを考えるよりも、今やれること、生きていることをより大事にしたいと思っている。だが「死」に対する心構えは必要だなと考えている。

  考え方としては、高村光太郎の詩の中の「死ねば死にきり、自然は水際立ってゐる」という言葉がいいなと思っていた。

「人は死ねば死にきりで個としては存在しなくなるが、大自然に包まれ、その自然はあざやかにきわだっている。」という意だと思っている。

(※高村光太郎の「夏書十題」のなかのひとつ、「死ねば」という表題が付された、亡くなった母を追慕した短詩(原詩は、二行立てで「死ねば死にきり。/自然は水際立つてゐる。」)

 ・大自然へ死ねば死にきり天高し

 

(7日)〇いのちの営みが、ひそかに息づいている毎日。

 私たちの一般的な季節感では、春は生命の息吹が芽生え、夏は生命が躍動し、秋は生命の豊かな実りを迎え、そして冬は来るべき春に備えて生命のエネルギーを蓄える時というイメージがある。しかし、人生の季節では、老年期は秋から冬になる時期だが、巡ってくるべく春が描けないことから、寂しいイメージになる人がいる。会うたびに、「早くお迎えに来てほしい」と言っていたわたしの母のように。

  福祉関連の活動や知人に接して、寂しさを感じさせる人もいれば、素朴な明るさあるいは輝きを感じさせる人もいる。

 好きな活動だけをする、俳句や絵画に精進する、読書三昧、料理を極める、好きな山に登り続ける、ある研究を続ける、日々の出来事を学級していく、夢を描き仲間とともに調べあうなど、ささやかでも一人ひとりの未来があり、それぞれの春を感じさせてもらうことがある。

  私自身はどのような年齢、状態になろうとも、現状をそのまま受け入れ、人々の暮らしを楽しく味わいながら、いろいろな出来事や自然、風景の中に人生の機微を見出してゆきたいと思う。

  寂聴さんも『生と死の歳時記』で触れていたように、ひとも70歳代は晩秋の季節かもしれないが、身体の花や葉が劣化していこうとも、心の花や葉の、いのちの営みが、ひそかに息づいているのかもしれない。

  ・来たるべく春を描いて種を採る

◎子どもが育つ環境「四季折々」(2020年10月25日~31日)

〇病とともに「四季折々」(2020年10月25日~31日)

(25日)〇藤沢周平『時雨みち』(新潮文庫1984年)を読む。

 武家もの、市井ものを取り合わせた、取り返しのつかない時の流れを刻む珠玉の藤沢文学11編の短編集。

 表題作「時雨みち」をはじめ、「滴る汗」「幼い声」「亭主の仲間」等、人生のやるせなさ、男女の心の陰翳を、端正な文体で綴っていて、全体的に男女の心の機微を追いつつ様々な人間模様を描き出している。

 特に印象に残る『山桜』の文章の最後に、次の言葉がある。

〈履物を脱ぎかけて、野江は不意に式台に手をかけると土間にうずくまった。ほとばしるように、眼から涙があふれ落ちるのを感じる。とり返しのつかない回り道をしたことが、はっきりとわかっていた。ここが私の来る家だったのだ。この家が、そうだったのだ。なぜもっと早く気づかなかったのだろう。》

 人はいつもなにかしらの選択を迫られて生きている。ひとつの道を選択したとき、選択されなかった別の道を行けばどうなったか。

「もしも…」という別のありようを考えてみるのは、時に必要なような気がする。

 この小説の野江は回り道して自分の行くべき道を見つけたかのように、今度こそ幸福になるかもしれない、という小さな希望が垣間見える一節で小説は終わる。

 ・秋時雨もしもあの時ああすれば

 

(26日)〇同時期に映画『山桜』を観る。

 藤沢周平『山桜』は『時雨みち』に収録されている一編で、篠原哲雄監督が2008年に映画化。

 江戸時代後期の小藩を舞台に、不幸な結婚生活を耐え忍ぶ女性が、ある一人の実直な武士との出会いから、絶望的だった人生に光明を見いだしていく姿を静かな映像で描く。

 映画は、きめ細かな風景描写で人物の造形を立ちあがらせる藤沢の手法そのままに、何気ない日々の営みを丁寧にすくいとっていく。

 〇和田絹子「藤沢周平の世界―山桜、気高く咲く」を読む。

 藤沢周平(1927~1997年)はエッセイ『周平独言』のなかで、読者と「ひとつの小説世界を共有出来ることを、しあわせだと思うことがある」と記している。その藤沢が映画「山桜」を観たならばおそらく、映画のつくり手たちと『山桜』を共有出来た幸福感を抱いたことだろう。

 武家社会の主流ではなく、傍流の男たちが、柵の中でも人間らしくあろうとする姿を藤沢は多くの作品で多彩に描いている。小説『山桜』の手塚弥一郎もそのひとり。が、仔細を描いてはいない。武士として傑出した弥一郎の行為

――物語を大きく動かすことになる――

を描くために費やされたのは、作中、たった一行である。映画「山桜」ではそこを詳らかにしてみせた。弥一郎に映画ならではの肉付けがされ、野江の存在がより奥行きを持ったようだ。

 藤沢の小説では、一言、一行が鮮やかに心情、場面を切りとる。端正な文章から広がる世界は情味豊かで、それはつまり映画的な一行でもあったのだ。

 あるいは、次のくだり――

「道は、田仕事の百姓が使うだけのものらしく、雑木の斜面と、丘のすぐ下まで耕してある水田にはさまれて、ところどころ途切れるほどに細くなったり、また道らしくひろがったりしながらつづいている。/丘が内側に切れこんで、浅い谷間のようになっている場所に出た。谷間の奥には、まだ汚れた雪がへばりついていて、そこからにじみ出た水が道を横切って田に落ちこんでいた。ぬかるみを渡りそこねて、野江は少し足袋を汚した。」

――野道の描写で示した野江の過去である。作中人物の心象を風景に託す、藤沢作品の醍醐味ともいえる箇所だ。小説では汚れた足袋にはこれ以上触れないが、映画ではその足袋にその後の場面がある。

 きめ細かな風景描写で人物の造形を立ちあがらせる藤沢の手法そのままに、何気ない日々の営みを丁寧にすくいとっている映画「山桜」。野江の足袋というささやかな情景ではあるが、小説家と映画のつくり手とが交感した場面に思われ、心に残る。

『山桜』はまた、藤沢周平自身の姿を想い起こさせる。「私という人間は作品に出ている。それだけでも鬱陶しい」と、藤沢周平は自伝めいたものをためらった。「書いたものがすべてで余計な物はいらない」と、記念碑的なものを避け続けた。小説家が小説以外のところで顔を出すこと、ものをいうことを極度に嫌った藤沢。その気高さは『山桜』の野江や弥一郎に重なる。

・身に沁むや記憶の底の山桜

 

(27日)〇子どもが育つ環境について思うこと➀

 二人目の孫が生まれて、今、乳幼児や子どもが育つ環境について思っていること書いてみた。以前ある口演で話したことがベースにある。

▼よい環境で育つ、人の中で育つ

 ひとは生きるために、その生涯の出発点で、他者からの援助を必要とする。赤ちゃんはぎゃあぎゃあ泣いて、お乳をほしがって、飲んで、寝て、うんこして、お母さんの顔を懸命に覚えて、とにかく必死で生きようとしている。

 それに対して、なんの留保条件なしに、乳首をたっぷりふくませてもらい、乳で濡れた口許を拭ってもらい、便にまみれたお尻を上げてふいてもらい、からだのあちらこちらを丁寧に洗ってもらい、からだを包み込むように服を着せてもらうことなどから日々の暮らしが始まる。

 言うことを聞いたらとか、おりこうにしたからとかいう理由や条件なしに、自分一人ではほとんどのことができない弱い存在でありながら、生命力あふれるいのちがここにいるという、ただそういう理由だけで世話をしてもらう。

 おとなというものは小さく、弱く、はかなげなものをほっておけない力を潜在的にもっているそうで、これは子どもがいるいないにかかわらず、女性、男性にかかわらず、どんな人にもあるのではないかという発達心理学者もいる。

 ・幼子の五指がつかみし赤とんぼ

 

(28日)〇子どもが育つ環境について思うこと②

 長らく家族、家庭のあり方が大事にされてきたのは、この世に授かった個人をはじめ、どのような人でも、もっとも弱く非力な人たちであっても、その人らしさを失わずに自尊の感情をもち、みんなの輪の中で安心して暮らしていけるようにと、ああいう人間になったらといったような条件をつけずに、その存在を全的に受け止める基盤であったからだと思う。

 そのような家庭で育ったひとは、「親密さ」「信頼感」の基礎となるようなものを、からだで深く憶えていくのではないだろうか。

 やがて、いろいろなものに好奇心を覚え、動き回るようになる。また、お母さんや周りの人たちから声をかけてもらったり、話を聞いたりして言葉を使えるようになる。

 歩けるようになったばかりのときは、嬉しくて歩き回る。つまずいて転び、痛い思いもするが、泣きながらでも、すぐに立ち上がったする。そんな時、温かい気持ちで見守っていてくれる人がいて、やさしく抱きとめたり、「痛かったね」などと声をかけたりしてあげれば、痛みも半減するのではないだのか。

 ときには、見ているおとなが肝を冷やすようなことも多々生じてくる。高い所によじ登って飛び降りてみたり、狭いところに入り込んだり、重たいものを持ちあげようとしたり、そのような体験をしながら、からだでいろいろ覚えていくのでしょう。そのためにも、まわりにいろいろな人が、見ていないようなふりをしながら、危険なことにならないように見ている人がいることが大きい。

・夕花野ひいてやる子の手のぬくき

 

(29日)〇子どもが育つ人的環境について

 子どもが育つ環境については、物的環境、人的環境、空間的環境、時間的環境とそれぞれあるでしょうが、僕が最も大事にしていきたいのは、人の和ではないかと考えている。

 子どもを母親だけに任せるのではなく、複数の人々の手と心で育てることの重要性で、「子育ての社会化」、「子どもの生活と体験を豊かにする社会的な仕組み」を作っていくことが何よりも大きいのではないかと思う。

 現代の子育てに関わる様々な問題が、「家庭」に原因があるという論が根強くある。この場合「家庭」とは、ほとんどの場合「母親」になる。現代の日本社会では、子育ての責任の多くが「親」に負わされている。どんなに意欲的な親であろうと、人には限界があり、まして現在の日本社会のように核家族化している状況では、あまりにも酷な見方だ。

 少しぐらい怪我をしてもいい、子どもたちはもっと自然にふれ友だちと取っ組み合いをし、家庭や学校といった閉鎖空間の中でではなく、地域社会の中でのびのびと育ってゆくべきだと思っていても、「安全」という名目で、子どもの自由をどんどん制限していくようになるのは、母親などの特定の人に責任を負わせがちになっているからだと思う。 

 複数の親たち、複数の兄弟姉妹の中で、ある特定の人に負担がいかないような、小さくてもいいので、その他の人同士が織りなす家族のような輪が広がったらいいと考えている。

 それもべったり密着した関係ではなく、ほどよい距離があり、一人ひとりの時間や差異を尊重し、ときには批判したりされたり、それでもくずれないというような関係だ。

 そのような輪の中で、子どもを操作対象にしないこと。「しつけられる対象」、親や教師から、「指導や教育を受ける対象」ではなく、子ども自ら考える存在であるということ。

 生まれたばかりの赤ちゃんでさえ、ただ受け身的に外界に接しているのではなく、見たいものを見る、複雑なものや新規なものをしきりに見たがるといった好奇心にあふれている。 成長するにしたがって、ますます意欲的になっていく。子どもは、「自ら学び、自ら育つ力を持っている」、本来的に「自律的」な存在だといえる。

 ・幼きは幼きどちの茸狩

 

(30日)〇「金の要らない楽しい村」考について。

 今月は「金の要らない楽しい村」について、ブログ「広場・ヤマギシズム」にさまざまな角度から書いている。

 一応一週間ごとに、記録するようにしている。無理なく進めたいと思っているが、次から次へと書きたいことが出てくることもあり、今のところ目安にしている。

 また、いろいろな紹介したい資料もあり、その記事に見合う資料を掲載している。

「広場・ヤマギシズム」は「ヤマギシ」に関心のある方、研究者に参考になればいいという位置づけで、責任というか、実顕地が変質していた渦中に、中心になって進めていたものとして、『山岸巳代蔵全集』の刊行・編集委員として関わったことなどにより、記録に残しておく自分の役割はあるのではと思い、随時記録している。

 ・秋夜長過ぎし記憶を散策す

 

(31日)〇「だれのものでもない」

 あるテーマについて書きはじめると、初めに想定していなかったことがクローズアップされることがある。書くことの面白さでもある。

 今回は「だれのものでもない」について書きはじめたところ、次の課題が浮かび上がってきた。

「だれのものでもない」について、次の書き出しから始めている。

 山岸巳代蔵の思想の根を簡潔に表現すれば次の数語になると私は考えている。

〝共存共生の世界〟

〝だれのものでもない〟

〝だれが用いてもよい〟

〝最も相合うお互いを生かし合う世界〟

  そして、次の課題が浮かび上がってきた。

 1961年に始まった実顕地とは、中央試験場などで試験研究されたヤマギシズムの考え方・具現方式を実際に顕す地ということである。つまり実顕地は完成されたものでも独立したものでもなく、試験研究されたその時々の最先端をたえず実施することによって、ヤマギシズム社会へ進む前進無固定の社会構成の一機関と構想されている。

 それは、いくら理念を説き、研鑽を重ねても、どうも分からない、通じないという人にも、目に見える形で本物を示して、「ああ、これだったのか」と誰もがじかに触れて分かる、生き方の提案であった。

 ところが1976年になって、中央試験場は春日山実顕地、北海道試験場は別海実顕地の名称になり、実顕地本庁のもとに一本化されるようになり、試験場機能は衰えていく。

 これはヤマギシ会の歴史における、大きな転換点の一つで、これ以後、研究機能や組織の在り方を考える検証機能は急激に衰えていく。

 試験場機能が衰退したことの課題が浮かび上がってきた。

・稲雀だれのものでもない世界 

◎孫の成長。「四季折々」(2020年10月18日~24日)

〇病とともに「四季折々」(2020年10月18日~24日)

(18日)〇10/18NHK俳句。選者・西村和子、司会・岸本葉子、題「新酒」。

 ゲスト・浅井慎平・寂しいぞ放哉海も暮れ切って(句集・THE LONG GOODBYE)

・又の名を海賊料理新走 西村和子

・新酒酌む沖の漁火窓に置き いわき市 中田昇 特選一席

・集ふこと叶はぬ年の新酒かな 尼崎市 佐藤一夫 特選一席、浅井も。・

・あらばしり勢ひもつてつがれけり 板橋区 鰐石忍 特選ニ席

・新酒一舐め薀蓄を一齣(くさり) 大野城市 佐竹白吟 特選三席

・船卸しみよしに撒きし新酒かな 山口県周南市 御江(みごう)恭子

 ※見事な「し」の踏韻。新船の進水式の様子。「みよし」は船の先端部分。

 浅井慎平:「大体、兼題があった時にも自分はサボったりしててその句会の場で作ったりすることが多いのだが、なかなか出来ない時、自分は他の誰かになり切って詠む時がある」

・新酒酌む東京の陽の早や暮れて 浅井慎平(芥川龍之介になったつもりで)

・新酒酌む白磁の杯に紅残し 浅井慎平(久保田万太郎になったつもりで)

・滑舌のことによき日や新酒酌む 岸本葉子(寅さんになったつもりで)

・加筆一行叶はば酒はあらばしり 西村和子(清少納言になったつもりで)

「新酒」考。(※すえよしの俳句ブログより)

 一般に言う「新酒」は、普通は、秋に収穫した米(新米)を使って、その年の冬から翌年の春にかけて造られたものを言う。そして公開されることを「蔵出し」と言う。特に新年の蔵出しを《開運》の縁起を込め、「鏡開」と同様「蔵開(くらびらき)」と呼んだ。

 したがって「新酒」とは、早くて10月頃から造られるので、「新酒」と言えばこの頃から翌年3月ぐらいまでに造られたものを言い、言葉としてはその意味は広い。

 新酒は、新鮮で爽やかな香味が特徴。俳句では「新酒」は秋(晩秋)の季語。

「新酒」の副題には、「今年酒、早稲酒、新走り、利酒、聞酒、新酒糟」などがある。最初に出来た新酒は「新走り(あらばしり)」と呼ばれる。

  ・何はともあれ夫婦二人の新走り

 

(19日)○二歳になる孫の誕生日プレゼント。

 散歩も兼ねて、歩いて30分ほどの西松屋に孫の誕生日プレゼントを買いに行く。

 いろいろ面白そうなものがいっぱいあり、見ているだけで楽しい。

 その中でパソコン仕立ての玩具といろいろな可愛い犬の絵がいっぱいの上着を買う。

 さて、本人の反応はどのようになるのか楽しみである

 一歳の時は、犬のぬいぐるみを買い、とても喜んで、今でもいつも子分のように引き連れている。

 結局、店で一時間半、往復一時間歩いて、その間立ち続けて、道は多少の凸凹があり、元気な時は何とも感じなかったが、それに足をとられて、帰りは少しふらつくこともあり、かなり疲れた。

 このようなことが出来るのもいつまでか? そんなことを思った。

 ・吾子二歳豊かに生きよ花野原

 

(20日)〇孫の成長記録(姉・二歳、弟・二か月)

 姉は10月20日の誕生日で満二歳。8月28日生まれの弟はもうすぐ二か月。

 何かと二人の孫のどちらかをみることが続いている。

  新生児を預かるのは、お姉ちゃんよりも、今のところだいぶ楽だ。

弟の様子を見ていると、姉の成長の軌跡を思い、二年という時間のもつ豊饒さを思う。

  年をとっての一年は年齢分の一年であり、私の場合は七三年分の一年である。

 姉はまるまる二年で、弟は二か月近くになり、その成長を目の当たりに感じる。

  子どもの頃は時間はゆっくり流れ、年をとるほど早く流れるようになると言う。

 姉をみていると一日一日が輝くように充実しているように思う。

  姉は10月から保育園にいき、大泣きすることもあるようだが、ある程度楽しみにしているようだ。

 出かける様子を見ていると、よそ行きの服を着て、「いってきます」と言わんばかりに、微笑んでバイバイをする。

 ・誕生日吾子どこまでも天高し

 

(21日)〇幼児のことばの発達とお姉ちゃん。

 姉はことばも大分覚えて、しきりに何か言いかけるが、私にはよくわからないことが多い。妻はだいたい分かるらしく、孫も手ごたえを感じるのか、会話らしきことになっている。

 また、妻の結構長い言い回しも、そのままオウム返しにぶつぶつ繰り返すので、二歳にしてはたいしたものだと妻も感心している。

  幼児のことばの発達について次のように言われている。

 ➀自分では発語できないが他人の言葉の意味はわかり、動作や行動を示す「理解の段階」

 ②呼吸機能や発声機能を調整しつつ構音能力をつけ、言語音を正確に発声させる「模倣の段階」

 ③理解や記憶している語を発語する「生産の段階」

 ②模倣と➂生産をしきりにして、会話能力をぐんぐんつけていっているのではと思う。

  最近のお気に入りは、携帯電話を使って一人語りをすること。

 携帯電話の買い替えのときに、古い電源の入っていないものを、玩具代わりに与えたところ、わが家に来ると、それに目がいくことが多い。

 「アッ もしもし」「いまいいですか」「はい---はい---はい」「すいませんね」

 おそらくママを見ていて、その真似をしているのだろう。しかも歩きながら。 

・まねをしてことば豊かに吾子さやか

 

(22日)〇お姉ちゃんと弟、そして弟の眼の輝き。

 お姉ちゃんは弟の頭をナデナデしているようで、髪の毛を引っ張たりして、ママにしかられているらしい。

 可愛がっているのか、遊んでいるのか見分けがつかないが、弟のことを何かと気にかけていることは感じる。

  弟は、生まれた当初は視力もあまりなく、見えているものが何だかわからないだろうし、全体的にぼんやりしているように見えた。

 日に日に見えているものが何だかわからないにしても、徐々に眼の輝きがはっきりしてくるように感じる。

  二か月近くになり、目の前のゆっくり動くものを少し目で追うこと(追視)もできるようになり、追視できる範囲も徐々に広がっているようだ。

 また、眼の輝きからすると、娘宅とわが家の違いも何となく分かるのではと思う。

  泣くときは、手足をバタバタさせ体を揺らして泣く。全身を使って表現していると思う。

 生命力のエネルギーの凄まじさを感じる。こうして身体、脳の発達と続き、こころを培っていくのだろう。

  ・新生児の瞳くりくり水蜜桃

 

(23日)〇映画「THE PROMISE/君への誓い」を観る。

 20世紀初頭に起きたオスマン帝国(現・トルコ)による150万人が犠牲となったといわれるアルメニア人虐殺を題材とした、知られざる史実に基づく歴史大作。番組内容は歴史に翻弄されながらも、壮絶な人生を生き抜いた3人の男女の物語。『ホテル・ルワンダ』などのテリー・ジョージが監督を務めた。

 アルメニア人虐殺は、19世紀末から20世紀初頭に、オスマン帝国の少数民族であったアルメニア人の多くが、強制移住、虐殺などにより死亡した事件。ヨーロッパ諸国では、特に第一次世界大戦に起きたものをオスマン帝国政府による計画的で組織的な虐殺と見る意見が大勢である。それによれば、この一連の事件は「アルメニア人ジェノサイド」と呼ばれ、21世紀に至る現代でも、オスマン帝国の主な継承国であるトルコ共和国は国際的に非難されている。トルコ政府は、その計画性や組織性を認めていない。(『日本経済新聞』朝刊2019年10月31日国際面に掲載の共同通信記事より)

 映画の後半で、家族をはじめ多くのアルメニア人が犠牲となった主人公ミカエルが「復讐を望む」というようなことを言うと、愛する彼女アナは「生き残ることが復讐よ」と語りかける。

 アルメニアにルーツを持つアメリカ人小説家ウィリアム・サローヤンの詩とともに、物語は幕を閉じる。

『世界のいかなる権力がこの民族を消せるのだろう。すべての戦いに負け、組織が崩壊し、文学は読まれず、音楽は聴かれず、祈りも通じず、消し去れるか試してみよ。彼らが笑い、歌い、祈ることがなくなるかを。どこかで彼ら2人が出会えば、新たなアルメニアが生まれるのだ。』

・黄落期新たに生まるいのちあり

 

(24日)〇T・Yさんのこと。

 23日にファクスがあり、T・Yさんの携帯に電話して、話を交わしました。

 奥さんをはじめみんなに支えられて生かされているという心が伝わってきました。

 4日に腸閉そくの痛みで受診、そのまま入院になりましたが、これ以上の治療は無理ということで19日に退院したそうです

 その後、24時間対応の訪問介護クリニックに診てもらうことになって、みなさんに支えてもらっての暮らしだそうです。

 あまり食べられない状態から、家での暮らしの中で食べたいものが出てきて挑戦しているそうです。そんな中での電話でした。

 年内もつかなといっていましたが、声を聴けて嬉しかったです。

 奥さんによると、彼女のヘルパーの経験、看護師・介護師の娘たちに支えられての生活だそうです。

・末期がん身に沁むみなに支えられ 

◎広々した時間意識で「四季折々」(2020年10月11日~17日)

〇病とともに「四季折々」(2020年10月11日~17日)

(11日)〇広々した時間意識で(内田樹『サル化する世界』より。①

 本書は「今さえよければ自分さえよければ、それでいい」―サル化が急速に進む社会でどう生きるか? との内容で、ポピュリズム、敗戦の否認、嫌韓ブーム、AI時代の教育、高齢者問題、人口減少社会、貧困、など、講演や論考をまとめたものとなっている。いくつかは内田樹の研究室にも掲載されている。

  文春オンラインに内田樹へのインタビューが掲載されていて、そこに、「時間意識」について語ったところが、特に印象に残った。そこに焦点をあてて思うことを述べる。

  内田は現代社会の趨勢を“サル化”というキーワードで斬った思いを次のように述べる。

 《“サル化”というのは「今さえよければそれでいい」という発想をすることです。目の前の出来事について、どういう歴史的文脈で形成されたのか、このあとどう変化するのかを広いタイムスパンの中で観察・分析する習慣を持たない人たちのことを“サル”と呼んだのです。

(中略)

 時間意識とは「もう消え去った過去」と「まだ到来していない未来」を自分の中に引き受けることです。過去の自分のふるまいの結果として今の自分がある。未来の自分は今の自分の行動の結果を引き受けなければいけない。そういう骨格のはっきりした、ある程度の時間を持ちこたえられるような自己同一性がその時代から要求されるようになった。》

・とある場のとある時間の秋の雲

 

(12日)〇広々した時間意識で(内田樹『サル化する世界』より。②

 現在は過去の蓄積の上に成り立っており、「いま」をどこから考えるかといえば、過去の経験や知識から得たもので考えるのであり、「いま」という時の流れをそこだけ切り取ることなどできない。また、自分の生きる場はちっぽけな世界にすぎないが、それは世界中のあらゆる出来事、宇宙自然界を含むあらゆる出来事とつながっており、当面する「いま」が未来を動かす出発点になる。

「いま」をどう見るか、それにどう対処するかは、過去の反省や検討、未来への展望なしには出てこない。これがないと、私たちは目先の現象だけに一喜一憂するその日暮らしの生き方しかできなくなる。

 ・天の川過去から今へ未来へと

 

(13日)〇三木成夫『胎児の世界―人類の生命記憶』より。

  広々した時間意識について三木成夫『胎児の世界―人類の生命記憶』のことを思う。

 本書は胎児が刻々とかたちを変えて、生命の歴史を再現していくことを詳細に追っていて、人類の体には40数億年にわたる生命の変化の歴史が刻まれているというもの。

  母親の羊水の中で、胎児は魚類から陸上生物へと1億年を費やした脊椎動物の上陸のドラマを再現する。つまり受胎してはじめのころは古代魚類の姿であり、母親の体内で地球生命進化の歴史を駆け抜けていって、魚類から両生類、爬虫類、哺乳類、そしてヒトへと“変身”を遂げて、この世に生まれてくる。そして、原形としての“すがた・かたち”は、今も私たちの体の中にその痕跡をとどめている。そして、われわれの中には太古からのさまざまな記憶がインプットされているのはないか、という遠大な仮説である。

  一人のひとが、宇宙自然界の何らかのつながりで生まれ、そして宇宙自然界に還っていく。そのひとには、太古以来の生命記憶が宿っているのではないかという見方は魅力ある。

・人類の胎児の世界草の花

 

(14日)〇自動販売機的な発想法

 私は、北海道での酪農から始まり精肉など牛関係の仕事に20年ほど携わってきた。始めた頃の私にとって屠殺の仕事は命がけであった。今からは、「よくやったなー」というような感慨もある。

 お店で見ることができる「牛肉」にどれだけの人やもの、エネルギーが籠められているのかは、携わったことのない人には、よく分からないのではと思う。

 私も、ちょっとした農作物を作る過程で、面白さを覚えるとともに、自然環境にかなり左右されることもあり、その難しさも分かって、これを職業とするのは大変だなと思っている。

 現代社会の特徴的な考え方として、自動販売機的な発想法がある。貨幣やカードを入れると、自動で物品の購入やサービスの提供を受けることができる機器のように、大した手間をかけずに、自らの希望のものが手に入るという発想である。 

 ウィキペディアによると、そのような装置は紀元前のエジプトにもあったらしい。19世紀後半になると硬貨によるものが初めて出て、日本社会に広く普及したのは1960年代以後と言われている。

  その発想法は、簡単なボタン操作で手軽に扱える様々な電気製品、情報機器などを産み出し、確かに便利な感じがして、結構僕も利用している。それでもボタン操作一つで大量に資金が操作されているのを聞くと、不気味な気がしてくる。

・屠殺後のホルモン焼と濁り酒

 

(15日)プレバト俳句。題・トランプ

・秋あわれ手札のJ無愛想 向井慧(パンサー) 1位‐72点

 夏井評:とても上手く作れている。中七以降が上手い。「J」は「ジェイ」と思う人も当然いるが、「手札」で「ジャック」と読ませるのは読み手が見つけてくれ、作者が投げたボールを受け止めた喜びも生まれる。「無愛想」も画面がアップになる効果を演出し、顔の表情に焦点が当たり、焦点の絞り方も良い。「無愛想」までいくと「あわれ」がそんなにベタつかない。ポーカーか何かをやる人たちのポーカーフェイスも「無愛想」に入る感じ。言葉のバランスをよく考えて作った。(向井さんの師匠は又吉さん)

 ※「秋あわれ」という季語はもう一つだと思うが。

・台風の羽田ババ抜き百回戦 上田彩瑛 3位‐70点

 夏井評:季語が活きている。「の」の助詞で地名に繋がれ、場所・状況・人が見えてくる。説明せずに名詞を畳みかけて現場の状況を描くのはよく出来ている。「百」の数詞は詩歌の世界では「とても沢山」の意味もある。足止めされて一晩やっていたのかと読んだ。作者が分かったことの驚きに動揺した。

・虫の闇ジョーカーの影動きをり 中田喜子 名人5段へ1ランク昇格

 夏井評:何気なく書いてあるように見えるが、とても丁寧に構成されている。季語「虫の闇」は暗闇に虫の声だけが聞こえ、一層暗く感じられること。静けさの中で虫の声が聞こえてくる。「ジョーカー」で今トランプをしているかと思うと「の影」と展開する。先ほどまでトランプをしていて「ジョーカー」が何かの比喩的な象徴で、心の不安やおののきを象徴したかと思わせる。悩んだと思うのが下五の着地。何か動いたような気がすると言い切ることで、比喩的な象徴が読み手の心に動いて入ってくる感じ。読み終わると、もう1回「虫の闇」をジッと目を凝らす働きもある。再度季語を活かす・押し出すことが名人は出来る。

・台風や一家そろってババ抜きを

 

(16日)〇I眼科医で診察を受けた。

 およそ2か月毎の眼科に通っている。3年前の6月に白内障の手術した後の状態を見るのと、緑内障の気があり、そのための目薬を用意してもらう。

 検査では裸眼で両目0.5、眼圧11と12、その後、視野検査があり、いつものように緊張する。中止点の廻りをランダムに光が点滅し、それをボタンで確認するだけだが、両目10分ほどだが終わるとホットする。

 主治医によると、眼圧も高くないし、視野検査もそれほど変わらず、順調だそうだ。

 わたしの感覚だと徐々に見づらくなっているように思っているので、何となく安心する。

 白内障は、眼の中のレンズの役割をする水晶体が濁ってしまう症状だ。加齢に伴って発生する場合が最も一般的で、早ければ40歳から発症し、80歳を超えるとほとんどの人が何等かの白内障の状態にあるといわれている。そのことから、自覚症状があるなしに関わらず、身体のあちこちが汚れているのではないかと思う。

 ・視野検査秋の蛍を追ふ10分

 

(17日)〇「ヤマギシズム生活実顕地」構想(「金の要らない楽しい村」考➂)を書く。

 この論考は山岸巳代蔵の構想「金の要らない楽しい村」について様々な角度から見ていこうと思う。 

 私見ではあるが、いろいろ問題はあるが、一つの社会実験として見た場合、現ヤマギシズム実顕地の「無所有共用共活」の仕組み及びそれに付随する「終生生活保障」のシステムが、会発足から60年以上たった今でも続いている実態は、現社会において、あるいは共同体の在り方を考える時に、貴重なヒントがあるのではと思っている。

 これまで世界中に創られた多くの意欲的な共同体が、自滅していったという歴史の中で、山岸会誕生から、見過ごすことのでない事件を起こし、多くのバッシングにさらされたにもかかわらず、往時の勢いはなくなったとはいえ、その実顕地で、独特の形態「無所有共用共活」を維持しつつ集団の活動が続いているのは画期的なことだと思う。

 現代に生きる共同体の可能性を探る上でも検証する価値はあると考えている。

  そこで25年余くらし、ある時期中心になって活動していた私の課題として、ささやかながら、その一端を提示できたらと考えている。

・天高しだれのものでもない世界

 

◎人生の踏絵「四季折々」(2020年10月4日~10日)

〇病とともに「四季折々」(2020年10月4日~10日)

(4日)〇10/4NHK俳句。題「運動会」。選者・小澤實、司会・戸田菜穂。

 ゲスト「令和の新星」鶴岡加苗、お笑いコンビGAGの宮戸洋行。

・千人にまぎれぬ吾子よ運動会 鶴岡加苗 1947年広島生。俳誌「香雨」同人、編集担当。第2回俳句四季新人賞。句集『青鳥』(KADOKAWA)で第38回俳人協会新人賞。

・風邪ひけば二重まぶたになる子かな(小澤實の好きな句)

・人と会ふつもりなき日の素足かな 片山由美子(開眼の一句)

・フライングにピストル連射体育祭 杉並区‐根岸哲也 特選一席(鶴岡加苗のイチオシ)

・靴下の黄色が我が子運動会 西条市‐砂山恵子 特選ニ席

・空へ投げ勝利のバトン運動会 東京都‐萩原一志 特選三席

・クラブリレー畳がバトン柔道部 神戸市‐西尾良二(宮戸洋行のイチオシ)

・ともだちのむらさきいろのヒヤシンス 鶴岡紗帆(小6の娘の好きな句)

「千人にまぎれぬ吾子よ運動会」の句は、どんなに大勢いても、吾子を探し見つけようとする母の心情を俳句に詠むという育児の客観性に注目した。

・どの競技も吾子に注目運動会 

 

(5日)〇義母の7回忌に思う。(2014年9月28日死去)
 義父母は、80歳の時『元山脱出』という手作りの小冊子を作成し身近な人に配った。そこには、「引き揚げて五十年目を迎えるに当り往時を回顧し子や孫に語り継ぎたく拙いペンを取りました。」とある。
 ボケがすすんでいた義母の晩年、おそらく彼女にとって記憶に大層焼き付いているのか、小さな時から育った朝鮮時代のことや朝鮮元山からの命からがらに引き揚げた話を聞くことがよくあり、小冊子の背景のイメージが少し広がる感じがした。
 それまで肉親から戦争時のことを殆ど聞いていなかった、聞こうとしなかったこともあり、義父からも少し聞いていて、とても印象に残っている。
 長期入院したある知人から随時「日録」が送られてきて、いろいろ考えさせられることも多く、自分も日々思っていることを書きついでいく、あるいは語っていくことも大事にしていきたい。
 13年程前に義父母と暮らしはじめて馴れ親しんできたころ、義父から「家のことも含めて一切、お前たちの思うようにしたらいいよ」と言われ、感謝の言葉と延命治療をしないでほしいという趣旨の手紙をいただいた。
 義父の性格から、そのまま気持ちを受け取り、いろいろな意味で助けられたと思っている。97歳を過ぎた頃、義母の頬に癌が出来た時に、かかりつけの医者から私たちに手術するかどうかの判断を問われた時、きっぱりとしないでくださいと言っていた。
 こちらへの引っ越しに際して物などいろいろなことを片づけていることや、子どもにある程度気持ちを伝えているので、わたしたちの死後の整理にはあまり手間はかからないだろうと勝手に思っている。それと、どのようにされようとも、死後のことは残された人で考えたらいいのではないかという思いがある。
・行く秋や来し方冊子にまとめけり
 
(6日)〇 わたしの死期や死後について。
 死については、良寛の「死ぬる時節には死ぬがよく候」や吉本隆明がしばしば触れている、高村光太郎の亡くなった母を追慕した短詩『夏書十題』にある「死ねば死にきり。自然は水際立ってゐる」が気にいっている。
 身近な人たちの死に触れたり、癌などによる長期入院の報せが続いていたりして、ひとの死について、いろいろなことを思う。
 人間の死について問うことは大事なことだと思っているが、「生死は不定であり」、自分の死について体験することはできないし考えても仕方がないと思っていて、むしろ生きているときは、どのように生きていくのか、できれば、よりよく生きていこうとすることを考えるしかないと思っている。
 一方、死期が迫ってきたときにどんなことを思うのか、一抹の不安と楽しみにしている気持ちもある。
・秋深む曖昧な人として生く

 

〇7日、クローズアップ現代「あした介護が受けられない!▽コロナ長期化で“介護の空白”」を観る。

 〈番組内容:新型コロナの影響が長期化する中で、これまで利用していた介護が受けられなくなる“介護の空白”が、高齢者やその家族の暮らしを揺るがしている。介護サービスを提供する事業所が感染対策を迫られる中、「発熱したら帰宅」「県外と行き来のある家族がいたら利用停止」などの条件が課され、従来の介護サービスを受けられなくなるケースが相次いでいる。介護を担う家族の負担が増え、介護疲れも深刻化。感染対策の負担から経営難に直面する介護事業所も増加している。感染対策とケアを両立しながらどのように高齢者の暮らしを守っていくのか、新たな時代の介護のあり方を考える。〉

  55歳頃から10年程介護の仕事をしていたこともあり、このような番組を見るとさまざまなことを考える。特に難病にかかり、妻の支えなしには外出もままならない現在の自分にとって、当事者と同じように、あるいはそれ以上かもしれない身近な人の心の負担を思う。

 また、個々の家族にだけしわ寄せがいくのではなく、地域社会の在り方をも考える。

 ・病室の窓いっぱいに鰯雲 

 

(8日)〇二人の孫のこと。

 1歳11ヶ月のお姉ちゃんは10月から保育園に行く。

 初日、はじめは泣いていたらしいが、午前のおやつが出てから張り切りだしたらしく、1週間余になるが楽しみにしているようだ。

 二日前に鼻水がひどくなり、保育園を早引きしてきて、新生児を預かることになった。

 姉は、久しぶりにママ専属でお相手をしてもらい、大部満足したようで、ちょっと見たところ、嬉しそうな様子だった。

 新生児を預かるのは、お姉ちゃんよりも、今のところだいぶ楽だ。

 新生児の様子を見ていると、2歳近くになる孫の成長は驚くばかりだ。

・秋の昼ママの取り合い吾子二人

 

(9日)〇遠藤周作『人生の踏絵』を読む。

 特に印象に残った箇所を見ていく。

「現実のわれわれが何かの行動をする時、決してただ一つの心理だけで起こしはしませんよね。われわれの心には、いろんな心理が絡み合っていて、その結果、何らかの行動をしますよ。(中略)この原因はある種の木の根っこみたいに、いろんなものが絡み合い、一緒になっている。それをいちいち分析することは不可能ですよ」

  人間の内面は一筋縄では捉えられないものであり、二十世紀に入って、フロイトなどの精神分析やドフトエフスキーの小説の翻訳などもあり、ある心理のもとに動いていく人物を追っていく従来に見られた小説とは違って、少なからずの小説家は「Aという心理からⒶという行為をした」という書き方はできなくなり、主人公などの無意識、その奥のドロドロした部分にまで焦点をあてつつ物語を書いていく。

 ドフトエフスキーの小説で、男が人を殺した後、教会へ行って敬虔なお祈りをする。そうした矛盾した心理がそのまま投げ出されている。カミュ「異邦人」で、太陽の光が目に入った。汗が目の中に入った。引き金を引く。撃ったとは書いていない。外側の行為だけで書いている。それは行為の理由を単純な心理では描けないから。などと分析している。

「心理は分析できるでしょう。しかし、内面の暗夜の中へ入っていけばいくほど、つまり表面的な心理の奥へ降りていって無意識になると、もう分析ができない。さらに心理や無意識の向こうに、キリスト教でいう魂の世界というものがあるならば、これはさらに混沌として、われわれには分析不可能でしょう」

 上記のことを踏まえながら、モーリヤック『テレーズ・デスケルウ』、グレアム・グリーン『事件の核心』、アンドレ・ジッド『狭き門』などを分析していく。

・沈黙の世界と対話秋思かな

 

(’10日)〇因果関係を大きな時間スパンでみる。

 よく、こういうことがあったからこうなったと、因果関係を短絡的に結び付けて見がちになるが、「特異な体験をした」ことにともなって「実際にある異様な行為(殺人など)をした」の間には、本人も自覚していないような、無意識、さらにその奥のドロドロしたものがその人の来し方につきまっとっていて、ある行為に及ぶのではないでしょうか。

 小説作品に限らず、世間で話題になった事件や、さらに日常生活に起こってくる自分自身に起こることも、そのようなことが多いのではないでしょうか。

 どのようなことも、当事者本人が意図しない無意識、さらにその奥の魂の部分があり、また時代状況や育った環境にも大いに影響を受けるだろうし、それも含めて因果関係というか、広々した時間意識でみることの大事さを思う。

・広々した時間の中の星月夜 

 

 
 

◎分かろうとする姿勢「四季折々」(2020年9月27日~10月3日)

〇病とともに「四季折々」(2020年9月27日~10月3日)

(27日)〇27日のETV『575でカガク!「ミトコンドリア」』を観る。①

「ミトコンドリア」は、ほとんど全ての真核生物の細胞に含まれる細胞小器官である。

ヒトの細胞内にある「ミトコンドリア」は、肝臓、腎臓、筋肉、脳などの代謝の活発な細胞に数百、数千個のミトコンドリアが存在し、細胞質の約40%を占めている。平均では1細胞中に300-400個のミトコンドリアが存在し、全身で体重の10%を占めている。

 20億年前のミトコンドリアの祖先は、私たちとは別の生き物だったといわれている。DNAの母系遺伝、酸素の毒性、生と死、などに関係し、エネルギー(ATP)を作る役割をしている。ミトコンドリアが減ると老化や病気の可能性を高めてしまう。などといわれる。

「番組の中で紹介された句」

・あとかたもなく蟷螂の雄も消え‐笑松

・秋日影自分の中にゐる他人‐亀田荒太

・母いずこ東アフリカを熱風‐二重格子

・ミトコンドリアたとへば善きサマリア人 愛燦燦

・星月夜ひそむ残像糸粒体‐前田真希

・ミトコンドリアに言はれて春を生きてしまふ いかちゃん

・ミトコンドリアイブ母系代々青き踏む 吉村よし生

・爽やかやけふの細胞死ぬからだ‐平本魚水

・生きるとは錆びてゆくこと吾亦紅 くみくまマフラー

・この秋のミトコンドリア的太陽(夏井いつき)

 この番組は「反物質」や「ミトコンドリア」など、宇宙の成り立ちや生命現象に、もっとも短詩の俳句「575」でそのエッセンスをどのように表現するのか、面白い試みだと思った。

・ミトコンドリアイブをバトンに体育祭

 

(28日)〇27日のETV『575でカガク!「ミトコンドリア」』を観る。②

 第6回ミトコンドリア 特選句:選者夏井いつき

・はんざきの髄をミトコンドリア這ふ 古瀬まさあき

「はんざき」は山椒魚のこと。特にオオサンショウウオは身を半分に裂いてもすぐには死なないことから「はんざき」の名があります。真っ二つに裂かれた傷口に見える生々しい「髄」。ここにはまさに生きた「ミトコンドリア」が「這ふ」に違いないよ、と観察する作者。俳人の目は科学者の目でもあるのです。

・クエン酸回路くるくる夏つばめ 森川いもり

「クエン酸回路」は酸素呼吸を行う生物が持つ、酸素を使ってエネルギーを生む仕組のこと。環のように反応を循環して繰り返すのだそうです。空にはくるくると輪を描く「夏つばめ」。彼らの飛び続ける元気も、体内の代謝によって生み出されているのです。か行の音の繰り返しも口ずさみたくなる良いリズム。

・名月や酸素の毒であつた頃  せり坊

 酸素は様々な物質と化学反応を起こしやすい、危険な毒なのだそうです。ミトコンドリアと共生し酸素をエネルギーにできるようになる以前は、毒の大気を闊歩する生物はいなかったはず。ただ孤高に輝いていたであろう「名月」。ミトコンドリアはその凄絶な月光を記憶しているのかもしれません。

・この秋は何で年よるミトコンドリア

 

(29日)〇コミュニケーションについて。

  最近、とても嫌な思いがしたことがある.いろいろ振り返ってみると、これと同じような感情はだいぶ前のことになる。ここ10年の暮らしでも、いろいろなタイプの人と関わったが、そのようなことが思い当たらなかった。あるいは、忘れてしまえるようなことだったかも知れない。日常の暮らしで、たまに、これ嫌だなと思うことがあっても一過性のものである。

 自分でも嫌になるこのような感情は何なんだろうという思いがある。

 コミュニケーションとは、AがBに信号を送り、それを受け取ったBに何らかの変化が生じ、BがAに信号を送り返す、それを受け取ったAに何らかの変化が生じる。その一連の課程をコミュニケーションと思っている。

 コミュニケーションについては、その時、それぞれの憶測、捉え違いがありながら、また自責・他責感を入れずに、忌憚なく思ったままを出し合うことが欠かせない。

 おかしな見方であれば、「それ違うよ」といえばいいだけだと思う。それが気楽にできなければ、まともに話し合う気にはなれない。

 そこでは、ことばのやり取りだけではなく、沈黙、顔(気配)を感じることも含めて、あるいはことば以上に、それが大きな信号となる場合がある。言葉の使用が未熟な乳幼児期の親子、困難な障害を抱えた人との間でもコミュニケーションが要となる。

 ・主語のなき媼の会話芋煮会

 

(30日)〇自我意識にたてこもらない他者体験。 

 最近、夫婦、娘と三人で話をすることが多い。当たり前だが、一人ひとり感覚、とらえ方がだいぶ違っているが、全く気にならないどころか、ひたすら面白いのである。

 親しい間柄や家庭のような微温的な雰囲気に限らず、他者とは、私のとらえきれない全く異質なものだという観点の上で、コミュニケーションには、「思いを一つにする努力」ではなく、「まず、認め合っている」ということが大切なのではないだろうか。

 《まず、分かる、理解するというのは、感情の一致、意見の一致をみるというのではないということ。むしろ同じことに直面しても、ああこのひとはこんなふうに感じるのかというように、自他のあいだの差異を深く、そして微細に思い知らされることだということ。いいかえると、他人の想いにふれて、それを自分の理解の枠におさめようとしないということ、そのことでひとは「他者」としての他者の存在に接することができる。ということは、他者の理解においては、同じ想いになることではなく、自分にはとても了解しがたいその想いを、否定するのではなくそれでも了解しようと想うこと、つまり分かろうとする姿勢が大事だということである」(鷲田清一『大事なものは見えにくい』「ひとを理解すること」角川文庫)》

  他者を理解するということは、なにか共有することを見いだすということよりも、ふれればふれるほど、それぞれの差異、特異性が際立ってくる経験を反復することから始まる。そのための姿勢が、わからないものをそのまま受け入れる、そのうえで了解しようとし続けることにあると言っているようだ。

 自我意識にたてこもるとは、ある種の警戒心が働いているのだろう。「認め合う」というのは、自分から応じるというのが大きなポイントとなるのではないだろうか。 

・我のなかの他者の眼となり茸狩

 

(10月1日)〇退院後10ヶ月目の脊髄小脳変性症の診察を受ける。

 今日は定期的な検査でK病院に行く。新型コロナウイルスもある程度落ち着いてきたが、ごった返していた総合病院の窓口受付はそれ以前と比べて4分の一程度になったのか、受付から診療まですんなり進む。

 ヘンな言い方になるかもしれないが、それほど必要性のない人が結構来ていたと思われる。医療保険がある程度行き渡っているのか、安易な病院依存が増えていたのかもしれない。

 久しぶりに人が集まる場にいると、いろいろなマスクがあるものだなと思う。カラフルなもの、おしゃれなもの、中には顔パンツかと思うかのような大きなマスクを着けているおばさんもいる。

 いつものように、この症状や小脳萎縮に関わる検査方式があり、15分ほど手の動き、各種の立姿、歩行動作を確認し、主治医の見立てでは、症状はあまり変わっていないという。そして、それ用の薬を3が月分処置書を書いてもらう。

 現在私は、3か月毎の歯科と2か月毎の眼科に定期的に通っていて、特定検診もパスしている。癌など早期発見が大事だと思うが、食生活や運動などで、日々の体調に気を付けることを大事にしていて、あまり病院の世話にはなりたくないと思っている。

・顔パンツのごとマスクはずして新蕎麦を

 

(2日)〇いつも利用している薬局の閉鎖。

 現在、特定医療費(指定難病)受給者なので、脊髄小脳変性症治療については、診察、薬代を含めて2500円までとなっている。そして、そうするための病院、薬局が登録指定となっている。

 ところが、診察後訪れた指定薬局が閉鎖されていて、新たに利用する薬局の登録のため、住所地の区役所にいき登録をした。行ったり来たりして一日がかりになった。

 コロナの影響もあるのか、このようなことは増えてくるような気がする。

 おかげで、今回は1万4千円ほど浮くことになった。

 それにしても、経費はあまりかからないようになっているのは有難い。おそらく1日2回で千円近くの薬価3か月分と診療代合わせて2500円で済んでいる。

 ・コロナ禍の薬局閉鎖やや寒し

 

(3日)〇「金の要らない楽しい村」について

 《金の要らない楽しい村》は、一九六〇年五月に山岸巳代蔵によって口述されたものを起こした資料の題名である。 この資料は、〈山田村の実況〉と共に、ヤマギシズム生活実顕地をつくろうとする人たちの研鑽資料として使用された。

 これがヤマギシズム社会・実顕地のキーワードの一つとなる。

  これからしばらく、この資料の原文を紹介し、それが後の実顕地にどのように取り入れられ、変容していったかを考察していく。

  さらに,現社会で面白い実践をしている共同体、相互扶助的地域社会もいくつかあり、そこの気風や特徴を、変容した現実顕地と対比しながら、その可能性を探っていきたいと思っている。  

 その中で、意欲的な教育共同体を繰り広げている「凱風館」の内実は、共同体を考えるときに、とても参考になると思っている。その成り立ちや内容について内田樹氏が『ローカリズム宣言』など度々触れていて、その考え方などを参照していきたいと思っている。 

 この教育共同体は「凱風館」に共鳴することを一つの条件とする特殊なものではあるが、それ以外は自由な気風が漂っているのを感じる。この自由さが、共同体のもっとも大事なことではないだろうか。

・金要らぬ楽しい村へ秋凱風

◎反物質。「四季折々」(2020年9月20日~26日)

〇病とともに「四季折々」(2020年9月20日~26日)

(20日)〇9/20NHK俳句。選者・西村和子、ゲスト・奥田瑛二、司会・岸本葉子。

題・「蟷螂(かまきり)」。本日は奥田瑛二と岸本葉子が天賞、地賞、人賞を選ぶ。

・何か用かとかまきりのふりかえる 西村和子

・蟷螂の押さへて何か動くもの‐横浜市 神野志季三江 特選一席

 西村「蟷螂の狩の句。一見わかりづらそうに見える句だが岸本さんが言ったようにいろいろと具体的に読者に想像させる力がある。〈もの〉が巧み」奥田、岸本天賞。

・蟷螂の雄の定めを目の当たり 敦賀市 中井一雄 特選ニ席

 西村「蟷螂の雌が雄を食べるという句はたくさんあった。その中でこの句はそういうダイレクトな言い方をせず〈雄の定め〉と柔らかく表現したのが良かった。」

・賢者にも愚者にも怒りいぼむしり 足立区 岩男澄美雄 特選三席

・脱皮して草より淡くいぼむしり 宇治市 東恵美子 奥田、岸本人賞

・鎌切の鎌より腹の不気味さよ‐日立市 雯邦

 西村「かまきりの雌は膨らんでいて、特に中にかまきり虫がいればなおさら〈不気味〉」

 ・蟷螂の雄食む音のしづけさよ

 

(21日)〇19日のETV『575でカガク!「反物質」』を観る。①

 番組内容:最先端研究「反物質」の世界を575で表現してみよう!俳人・夏井いつきが宇宙誕生の謎にせまる高エネルギー加速器研究機構に潜入。視聴者から寄せられた1327通もの反物質がテーマの俳句を吟味し、その世界を探る。宇宙誕生のビックバンで生まれ、無くなってしまった反物質。それを知ることは「私たちがなぜ存在できているのか」を知ることにもつながる。575を通して最先端科学を「感じる」知的エンターテインメント番組。

 反物質とは、〈われわれのまわりの世界を構成する陽子,中性子,電子から成る物質に対して,反陽子,反中性子,陽電子などの反粒子から成る物質を反物質という。われわれの銀河や観測域にある宇宙は大部分がわれわれと同じ物質で占められ,反物質は非常に少ない。この原因を解明することは素粒子論や宇宙論での重要な問題となっている。(出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)》

 このように説明されてもよくわからないけど、番組は面白かった。

 ものごとには、ほとんどといっていいほど二面性がある。「裏・表」「陰・陽」「メリット・デメリット」等々、それを考えさせられる番組内容と、俳句だった。

 ・物質反物質ぶつかるときの稲光

 

(22日)〇19日のETV『575でカガク!「反物質」』を観る。②

「番組の中で紹介された句」から

・ひかりよりうまれひかりにもどる秋‐夏井いつき

・葛の葉に風や博士の漕ぐペダル‐夏井いつき

・好きな子の靴を隠すやさくらんぼ‐竹内省司

・ウロボロスのへびの身震い星流る 今野淳風

・あったかも知れぬ逃水・反物質‐有木仁政

・かげろひや宇宙も吾も生き残り‐次郎の飼い主

・存在したはずの泉もわたくしも 越智空子

・愛すればこそ憎しみもソーダ―水‐松園耕造

・ダニ痒し反物質の理解むり‐こまつな

・明け易し反物質の匂い嗅ぐ‐鮎川渓太

「第5回 反物質 特選句:選者夏井いつき」から 

 ・いかづちの落ちて原初の匂ひ立つ  ぐ

 自然界にはほとんど存在しない反物質。数少ない自然発生の機会となるのが雷なのだそうです。「いかづち」が落ちた後の、焼け焦げたような空気の匂い。俳人の嗅覚はそこに反物質の発生と消滅を捉えるのです。「いかづち」への「原初」の畏れに加え、科学の目線が一層の奥行きを加えます。 

 ・万緑のなか太陽が痩せてゆく  くみくまマフラー

 太陽は毎秒凄まじいエネルギーを発すると共に、その質量を減らしているそうです。なんと毎秒400万トン!宇宙はなんとスケールの大きな世界かと圧倒されます。地上を染め上げる「万緑」に対し、青空にぽつんと灯る太陽の大きさの対比も鮮やか。太陽からのエネルギーを受け、万緑はさらにその勢いを増します。

・人も獣も石も物質雪月夜  京野さち

「人」、「獣」、「石」。まるで違う三つの物は「物質」であるという点で共通しています。中七で「物質」と言い切る作者の胸中にあるのは静かな納得でしょうか。直後、「雪月夜」が一句の世界を包みます。しんしんと降る雪は人も獣も石も、等しく冷たい夜の中に閉じ込めます。

  ・反物質放つバナナの反る暢気  一斤染乃

 今回の投句でなぜか多く寄せられた「バナナ」の句。なんとバナナは微量の放射性カリウムを含むため、75分に1個、反物質である陽電子を放出するのだとか。「反物質」なんて大それたものを放っているのを知ってか知らずか、今日も「バナナ」は暢気な黄色で反っているばかり。 

 ・柚子に柚子ぶつけエネルギーの匂ひ  古瀬まさあき

 ごつごつした「柚子」と「柚子」がぶつかり、皮から放たれる香気。ああ、これぞ正に「エネルギーの匂ひ」! 一読、今まさに我が鼻先で起こったかのように嗅覚情報が肉体に再生されます。反物質と物質の衝突が生むエネルギーから発想を広げたのでしょうが、こんな形で肉体的共感を呼び起こされるとは実に愉快ぶっすつ反物質の星流る

 ・極遠へ反物質の星飛びて

 

(23日)〇孫の成長記録(1歳11ヶ月)新生児を迎えて➀

 弟が生まれて、1歳11ヶ月のお姉ちゃんは微妙に変化している。

 娘の妊娠後期から目立ってきたのは、わが家に来るとしきりに寄ってきて、抱っこ、おんぶをねだる。多くは妻が対応しているが、私にもべたっと寄ってくるのが増えてきた。

  今までは、ママとパパがいつも見守っているのを感じていたが、ママは1ヶ月未満の新生児にかかりきりで、そのことは分かっていても、何か物足りなさを感じているのだろう。 

「ママは自分よりも赤ちゃんを大事にしている」「いままでと同じようにしてくれない」と思っているかどうかは分からないが、彼女なりに我慢をしているのだろう。

  ジジババのところに来ると、ときどき奇声を上げる頻度も増してきている。

 以前は「それはしないよ」というと、わりあいすぐに辞めていたが、執拗になってきた。この時期特有のイヤイヤ期なのかどうかは分からない。

 ・吾子二歳抱っこおんぶとチンチロリン

 

(24日)〇孫の成長記録(1歳11ヶ月)新生児を迎えて②

 ことばも大分覚えて、気にいった語感だとオウム返しにくりかえす。そのようにして呼吸機能や発声機能をうまく調整しながら言語音を正確に発声させる構音能力がついてくるのだろう。おそらく、ほとんどのことを、体を使って身につけていくのだと思う。

 また、音楽(音)に合わせて、手を振ったり、手たたきをしたりするのも好きだ。そして爺にも催促する。適当にやっていると、もっと真面目にやってといわんばかりに、寄ってきて催促する。

  10月から保育園に行くことになり、どのようになっていくのだろう。

  今までは、孫一人に、相対するように大人がついていたが、保育園では何人かの子どもに対して保育士が一人。構ってもらえないことや思い通りにならないことも増えてくるだろう。 

 保育園によると、ほとんどの子も来たばかりの頃は泣いてばかりいるそうで、1週間は様子を見るということで、午前中だけらしい。

  いろいろな子と触れるのも大きいと思うが、そのような環境にどのように順応していくのか見ていきたいと思っている。

 ・吾子爽やか面白きことばかりの身

 

(25日)〇二つのブログ。

 このブログは句日記で、日々の出来事を時系列で記録している個人的なもの。

 このほかに、多くの関心のある方に向けて公的なものとして、日々彦「ひこばえの記」と「広場・ヤマギシズム」を作っている。

 日々彦「ひこばえの記」は、日々の出来事、人との出会いや風景のなかに、自然と人生の機微を見いだしてゆくことの妙味を大事にしているブログと思っている。

  このところ、二人目の孫の誕生、二歳近くの孫の成長、親しい人の困難な状況や死が続いていること、私の難病の症状が進み妻の支えがないと暮らしていけないことなど、生きて死んでいくこと、夫婦とは、家族とは、それを支える社会とはなど、とりとめもなく思っている。

 「広場・ヤマギシズム」は「ヤマギシ」に関心のある方、研究者に参考になればいいという位置づけで、責任というか、実顕地が変質していた渦中に、中心になって進めていたものとして、『山岸巳代蔵全集』の刊行・編集委員として関わったことなどにより、記録に残しておく自分の役割はあるのではと思い、随時書いている。

・かの世から父母きて吾と秋彼岸

 

(26日)〇鶴見俊輔の「I am wrong」     

 わたしの好きな哲学者に鶴見俊輔がいる。このことは鶴見氏だったらどのように見るかなと、度々二つのブログにも取り上げている。その中から、次の記録をあげる。

 《マルクス主義というのは、You are wrong でしょ。あくまでも自分たちが正しいと思っているから、まちがいがエネルギーになるということがない。

 しかし、思想の力というのはそうではなくて、これはまちがっていたと思って、膝をつく。そこから始まるんだ。まちがいの前で素直に膝をつく。それが自分のなかの生命となって、エネルギーになる。(略)

「私はI am wrong だから、もしそれらから「おまえが悪い」といわれても抵抗しない。この対立においては、結局決着はつかないんですよ。私がYou are wrongの立場に移行することはないし、You are wrongは私の説得には成功しないから。」

(鶴見俊輔『言い残しておくこと』(作品社、2009年の第二部「『まちがい主義』のベ平連」)

 鶴見氏の「I am wrong」の心意気にはとても及ばないが、心に置いておきたいと思っている。

・間違いに膝つく覚悟秋澄みぬ

◎沈黙の時間。「四季折々」(2020年9月13日~19日)

〇病とともに「四季折々」(2020年9月13日~19日)

(13日)〇9/13NHK俳句。題「葡萄」。選者・対馬康子、ゲスト・加藤諒、司会・武井壮。

・天辺に噴火口据え葡萄熟る(中村和弘)ハワイ詠だそうです。

・貰いたる葡萄一粒づつ旅路 福岡県‐深町明 特選一席

・手の中に朝と夜あり黒葡萄 北海道‐渡辺孝子 特選ニ席

・種無の芯に酸ある葡萄かな 仙台市‐村上修 特選三席

テーマ「こころを詠む」は「海外を日本の心で俳句を詠む」

・死と生と月のろうそくもてつなぐ(対馬康子)タイ詠

・黙々と砂漠に雪が降るこわさ

・渋滞や象の荷物のいわし雲

・遠雷や路上にミシン踏む男

・膝軽く寄せ合い蘇州繭を煮る

・藁こぼす上海の窓つばくらめ

・夜霧にも塔の灯や巴里七区(武井壮)

➀原句:炎天や肉屋の前に野良犬ら(加藤諒)

②表現を変える:炎天や肉屋の前に野良犬と

③設定を変える:炎天や影あるところ野良犬も

④違うものと取り合わせる:炎天に踊る野良犬恋人も

⑤見えない世界へ:朝焼けの鋭くたまゆらの犬走る・

・飛行よしワインよし眼下バルト海

 

(14日)〇夏井いつきのよみ旅! in沖縄(前編)

・立雲や生き証人の龍の髭(上運天洋子) 親泊仲真)

・告げらるる友のおめでた風薫る(輝広志)

・誰かまふなし素っぴんにアッパッパ(平良幸子)

・残尿やアンドロメダ星雲から露一滴(大城健)

・青パパイヤの乳房を煮込む夕餉かな(大城房美)

・我した街(シマ)マスクはずしていい頃な(嘉納毅)

・夜香木ふと立ちとまり母よぎる(金城宏)

・再会の街に輝くてぃーだぬふぁー(大城れい子)てぃーだぬふぁー(太陽の子)

 〇夏井いつきのよみ旅! in沖縄(後編)

・ネオン街負けじと香るさがり花(糸数多美子)

・ウチナーンチュ太鼓の音を探す夏(比嘉祐子)

・齢90パンチパーマで涼む母(新垣美枝子)

・片降(ぶ)いに浄化されゆくコロナ街(大城さやか)

・愛猫と窓辺でまどろむ南風(はいかじ)や(青木仁奈)

 ※13日俳句王国で放送

・波照間島海渺渺と空高し

 

(15日)〇映画『沈黙 -サイレンス-』を観る。

 遠藤周作の小説「沈黙」を、巨匠マーティン・スコセッシが映画化した歴史ドラマ。17世紀、キリシタン弾圧の嵐が吹き荒れる江戸時代初期の日本を舞台に、来日した宣教師の衝撃の体験を描き出す。

 キリシタンの弾圧が行われていた江戸初期の日本に渡ってきたポルトガル人宣教師の目を通し、人間にとって大切なものか、人間の強さ、弱さとは? 信じることとは? そして、生きることの意味とは? を描き出した。

 物語は17世紀、キリスト教が禁じられた日本で棄教したとされる師の真相を確かめるため、日本を目指す若き宣教師のロドリゴとガルペ。2人は旅の途上のマカオで出会ったキチジローという日本人を案内役に、やがて長崎へとたどり着き、厳しい弾圧を受けながら自らの信仰心と向き合っていく。

・沈黙の頭のなかの花野原

 

(16日)〇吉田光男さんは『沈黙』について、『わくらばの記 断想(17・3)』で触れている。

 思想や理念や信仰が普遍性を持ちうるかどうかにとって大事なことは、大きな問いを抱き、それに真正面から取り組む人材がどれだけいるかにかかっていると思う。

 そして、次の投げかけをしている

〈大きく問うものは、大きく考え、小さく問うものは、小さく考え、問うことのないものは、何も考えない。

 ただ、この問うということは、批判したり、攻撃したり、反対することではない。批判・攻撃・反対は、すでに何がしかの結論をもってそうするのであるから、そのときにはもう問うことも考えることも止めている。

 問うとは、ただただ問うことである。問い続けることである。その過程で何がしかの結論を得ることがあったにしても、それは〈とりあえず〉の結論であり、疑問符つきの結論にすぎない。〉

 ・問うとは、ただただ問うこと蚯蚓鳴く

 

(17日)〇9/17のプレバト。名人・特待生による「一斉査定SP」。

・黄身混ぜる汝(な)も吾(あ)も真顔薯蕷汁(とろろじる) 馬場典子 5級→4級

 夏井評:「汝も吾も真顔」のリズムがいい。「真顔」と「とろろ汁」との間に「間」があってよい。「薯蕷汁」はひらがながいいね。

・長き夜や黄身ゆるやかに殻を離るる 筒井真理子 5級→4級

 夏井評:スローの映像の描写がうまい。下五は「殻離る」とも出来るが「殻を離るる」という字余りに敢えてしたという意図は評価する。ただここ、実は〈字を余らせ過ぎている〉。「離るる」は連体形で下に続く用法。「殻を離る」と終止形にしなければならない。

・秋高し二十ヤードのエッグトス パックン 3級→2級

 夏井評:基本の型が完璧。「二十ヤード」という数詞が単なる数詞ではなくその下の「エッグトス」で映像を演出する数詞になっている。アメリカの運動会の競技「18m」

・生ゴミ縛り秋涼の勝手口 ミッツ・マングローブ 名人初段へ

 夏井評:「秋涼の」と「勝手口」との間にタメが感じられ、そこもいいと思った。

・秋の朝卵にゆでと書かれけり 千原ジュニア 名人初段→2段

 夏井評:どうでもいいことを俳句にした、というのが立派。「書かれけり」の「けり」は前からそうであった、そしてそれを〈今〉気付いたというニュアンスの詠嘆でここもいい。 

・祝い食黄身の流るる麦とろろ

 

(18日)〇(付)「息子の時間」を読んで。①

 印象に残る場面から。

 それからしばらくして息子と「村」で出会うことになる。息子たちが東京で世話になっていた岩城さん一家がG会に参画していて、その岩城さんが肝臓ガンで病没した。

  岩城さんはG会のいわゆるシンパで「村」と行き来があり、「村」の学育にいて街に出ていた仲間がよく集まっていて、その子どもらの世話をなにかと心がけていた。

 《おれたちは大阪から、息子は東京からM県の「村」の葬儀に参列した。もはや短髪の普通の勤め人の姿だった。

「いや、もうロックどころでなくなってきたすよ」と息子は苦笑した。ご多分に漏れず生活に追われ出しているようだ。息子はお通夜で缶ビールを祭壇に捧げた。村人は酒タバコをやっていなかったから、それは目立った。岩城さんと一緒にビールを酌み交わした街での思い出があったからだろう。翌日息子は一緒に世話になった若者とともに棺を運んだ。その印象はおれには鮮烈だった。》

  この場面はとりわけ印象深い。

 疑問を覚えて離脱したおれたち夫妻、学苑に馴染まなく高校生のときに「村」から出た息子、岩城さんに世話になった元学苑生の若者たち、その人らを温かく包み込む「村」の気風がふつふつと伝わってくるような場面だと思う。

  お通夜で、酒タバコをやっていなかった村人の中での祭壇に捧げた缶ビール。元学苑生の若者たちによって岩城さんの遺体が入った棺が運ばれた場面は読んでいても映像がまざまざと浮かんでくる。

 ・祭壇に捧げたビール秋の声

 

(19日)〇(付)「息子の時間」を読んで。②

 本作は新刊『「金要らぬ村」を出る…』に添えて、掲載された。

 よく取り上げられる諺にベンジャミン・フランクリンの『時は金なり(Time is money)』があり、現社会での時間論では、かなり社会への影響があるし、一人ひとりの意識の上でも根強いのではないでしょうか。

 だが「時間」は、過ごし方により豊かにも貧しくもなる。「時間」の持つ豊饒さや奥深さを考えると、本来的にお金には換算できようのないものと考えている。

 本作の一つの大きな特徴は、息子のゆったりした「時間」が描かれ、そこからかもしだされる悠揚とした言動により、期せずして、現社会で根強い「時は金なり」の社会観をはじめ、現社会の「より早く、便利、効率的」に価値を置く傾向を問いかけるものになっているように思う。

・待つという時の豊かさ臥待月 

◎新刊のこと「四季折々」(2020年9月6日~12日)

〇病とともに「四季折々」(2020年9月6日~12日)

(6日)〇9/6NHK俳句。選者・小澤實。司会・戸田菜穂。題・「鰍(かじか)」。

ゲスト・小澤實が「令和の新星」の一人に挙げる俳人の田中惣一郎。

(1991年・生まれ、岐阜県高山市)擬古典郷愁派

・ひさかたのひらがなのひの落つるは花(田中惣一郎)小澤實の好きな句。

・寸前の今の鰍ぞ消たりけり(田中惣一郎)

・突く簎(やす)に鰍からみぬ鋭(と)き歯みせ 川崎市‐青木爽 特選一席

 簎:水中を移動する魚類・クジラなどを徒行あるいは船上から直接刺突する道具。

(突具・鈎具)。簎(ヤス)・鉤(カギ)・銛(モリ)などがある。

・尻あげて石もちあげぬ鰍突く 相模原市‐鹿野美千代 特選ニ席

・年上の少女に貢ぐ鰍かな 東京都‐菅原和暢 特選三席

・手拭の一枚をもて鰍とる 京都市‐佐々木志う

「第5回芝不器男俳句新人賞特別賞 田中惣一郎」

・落ちながら椿は吾(われ)や名を忘れ

・男猫(をねこ)虎(とら)ほめきに小楢(こなら)這ひのぼる

・花とのみ夢のはたての磧(いしがはら)

・石の上(へ)の蛇そこばくの水を被(き)ぬ

・私(わたくし)すなつかし草(ぐさ)の撫でしづく

・鎌鼬(かまいたち)木霊(こだま)のなかを動きづめ

 見慣れぬ古語をも駆使し、自身の生活感情と花鳥を、すぐには噛み砕きがたい強度を

持った耽美的世界に仕立てている。晦渋さが、自意識やイメージが読者に伝わるだけの

平板な表現に陥ることを避けさせる。やや鬱屈したロマン主義的心性を、既存の前衛俳

句などとは別の様式で「文学」に固めあげていこうとする、ほぼ孤立した特異な試み。

 ・鰍突く翁を見やる吾子と犬

 

(7日)〇新刊『「金要らぬ村」を出る…』に思うこと。①

 本書に触れて、家族、親子、人と人の関係などが、ヤマギシの「村」にいる時と離脱以後の世間での暮らしで、どのように変化したのかを、考えてみる。

  むろん、一人ひとり「村」での生活でも、離脱以後の世間での暮らしでも、大きな違いはあるだろうが、私のこと、友人のこと、本書に描かれた著者の暮らしを通して見ていく。

 ・わたしのこと

 著者と同じ頃、1975年にヤマギシの北海道試験場(北試)に参画し、2001年にヤマギシズム実顕地(ヤマギシの「村」)から離脱した私にとって、携わった部門は違っているが、北試や実顕地にたいする見解は重なることが多い。むろん、著者の感じ方とは違う面も少なからずある。

  ところが、離脱以後はずいぶん違っている。

 著者よりも6年ほど若いこと、すぐに希望の福祉関連の活動、仕事についたこと、しばらくして、重度心身障害者支援、養護学校などに関わるようになり、その後、二人暮らしが難しくなった90歳過ぎの妻の義父母と暮らすようになった。

「村」にいたとき以上に、家族のありよう、社会のことなどを考える日々だった。

  一方、2003年から『山岸巳代蔵全集』の刊行・編集委員として8年程関わったことにより、ヤマギシズム運動、実顕地の経緯について、「あれは何だったのか」「その時の自分はどうだったのだろう」と自分の課題として考えていた。

 ・長き夜の記憶の庭の手入れかな

 

(8日)〇新刊『「金要らぬ村」を出る…』に思うこと②

 もっとも大きな変化は、自分の足で立ち自分の頭で考える「自律性」のある暮らしになったこと。私の場合、それに付随してある種の解放感を味わった。

 「村」では、自分なりに考えてやっていたつもりだが、たえず「ここでは」どんなふうに考えるかなと思いをはせる、「他律性」の濃い暮らしであった。

 「北試」の時は、それほどでもなかったが、「村」の規模が大きくなるにつれて、他律的な色合いが濃くなっていった

  個人はもちろん、小さな家族であろうと共同体や大きな集団だろうと、人と人の関係は「自律性」のある個人が主体性に他との調和をする「自立性」のある人になって同格で関ることが基本となる。家族から大集団まで貫く大切なことだと考える。

 その角度から、本書を見てみたいと思っている。

・金要らぬ村をおりたち秋うらら

 

(9日)〇作品論と著者論について。

「小説」と違って「手記」のとき、語りや本文の主人公と著者を同一人物と見てしまいがちになることが多いが、まず切り離してみることが大事だと思っている。

  福井著『「金要らぬ村」の場合、「手記」のようなもので「ノンフィクション」の範疇にあるものであり、著者は潔く素直に書いていると思うが、著者が誠実に書いていようとそうでなかろうと、実際にあったこととはずれてくる。少なからずフィクショナルな要素も出てくる。

  著者に感想を送る場合は別にして、ある作品の書評を公に掲載する場合、作品と著者について厳密に分けて述べるのは難しい場合もあるが、まず、作品に即してみることを自覚したうえで、著者のことを語る場合も必要最小限度にしたい。

  作品論と著者論を分けて考えていくことを意識していきたいと思っている。

 ・灯火親し書評を書きし新刊の

 

(10日)〇9/10プレバト俳句を観る。題「イヤホン」。

・蜩やイヤフォン外し立ち尽くす(玉城ティナ)1位71点

 本人:イヤフォンで音楽を聴き、音楽が途切れた時に蜩の鳴き声が聞こえて、切なさや1日が早く終わるなど色々な感情が浮かんで立ち尽くしてしまう気持ちを込めた。

 夏井評:こういうことは良くある。イヤホンで音楽を聴きながら何かの折に外の音が聞こえてくる。「蜩」は秋の季語だが、蝉の種類の中ではとても静かで朝夕に「カナカナカナ」と澄んだ鈴の音のように鳴く。蜩の静かな声が、音楽が切れた間合いの中にふっと入ってくるのではないか。本人の語った内容が読み取れる。イヤフォンを外してみると、周りは知らないうちに秋が来て、自分は秋という季節の真ん中に立っている実感がある。下五が大袈裟すぎると感じ取る読み手もいるが、作者の意図はむしろここにある。蜩の音の中に囲まれている自分にハッと気づくと。

・ヘッドホン外しはとバス初紅葉(横尾渉)昇格試験、名人5段→6段。

 夏井評:理由:声に出して読むと楽しい句。常に軽やかな内容を軽やかな韻律で、しかも五七五を守る。基本が身体に入ってきた印象。なぜヘッドホンを外すかと思うと、「はとバス」の場所。2階の気持ちの良い席という気持ちはした。「初紅葉」と光景がさらに広がる。一番の工夫は、3つの「は」が頭の韻を踏むことで非常にワクワクするような楽し気な韻律が手に入る。「ヘ」「ホ」とハ行の音がさり気なく入ることで、「は」の韻をバックアップする。こういうことも名人芸。

 ・アルバイトイヤホンつけて夜業せり

 

(11日)〇新生児をみる。

 娘が保育園を見に行くので、生まれたばかりの新生児をみることになった。先月28日誕生だから2週間程になる。

  見るといってもほとんど妻で、泣いたらおむつを替えたりミルクを飲ませたりする。

 寝ているのを見るのは楽しいばかりであるが、泣き出すと、側にいるだけの私でも「どれどれ」と気になる。

 娘夫婦は仕事のこともあり、少しでも預かってくれるところがないかと、だいぶ前から保育所・園に申し込みをしたが、断われ続けている。コロナも多少の影響はあるかもしれないが、介護施設と同様、社会的に極度に不足しているようだ。

  以前から、乳幼児を育てていくときに特定の親にだけ託すのは酷だと思っていたが、孫の成長を見ていくのは並大抵ではないと思う日々だ。

 特に2歳近くの孫を見ていると、保育園のようなところで、いろいろな子どもと関わるのも大事だと思っている。

  どうやら10月からお世話になるようだ。先ずはよかったなと思っている。

・泣く吾子の白き手のうら秋袷

 

(12日)〇新島里子作品集『道草回顧』について。

 H・Sさんから2020年9月1日初版発行の、新島里子作品集『道草回顧』が贈られてきた。

 以前、その本の編集を依頼されたが、私には荷が重すぎるので、お断りした経緯があり気になっていたので、まずはホットした。

 Sさんのお孫さんが印刷会社に勤めていて、協力されたとのこと。

 本書は昭和四十九年7月「幸福学園」誕生の経緯が語られている「自由への旅立」の他数編が掲載されている。

 著者のあとがきには次のことが書かれている。

《私は卒寿、つまり九十歳の年齢のせいもあって病魔とは程遠いとはいえ、耄碌のせいか、一日一日と思考能力の衰えを感じているのが実情です。

 こうして無事一冊の本をまとめてくださったS御夫妻には、御礼の申し上げようもなく、有難さでいっぱいです。》

 読んで、お祝いの言葉と感想文を送ろうと思っている。

・卒寿といふ月日を回顧 夜半の秋 

◎二人目の孫の誕生。(「四季折々」2020年8月30日~9月5日)

〇病とともに「四季折々」(2020年8月30日~9月5日)

(30日)〇おぐらやま農場のこと。

 おぐらやま農場から年間コース9月上旬分が届いた。7月の長雨から一転して、8月に入っての晴れ続きの影響で果物の収穫タイミングが早くなって、5日程度早めて発送したそうです。

 梅雨時期の何度かの激しい雨により「穿孔病」と呼ぶ桃の表面に黒いキズ跡がついてしまうものも多く発生したそうです。果肉内部には問題はないそうです。

 また、8月22日には竜巻現象があり、かなりの幸水梨の落果があったそうです。

 農家は時の気象条件に左右されます。特にここは驚く程の低農薬を実践していて、いろいろなことを乗り越えて、確実に美味しい果物を届けてくれます。

 何かあると催促の問い合わせをします。先日もしましたが、人間サイドでものを見ている私がいます。自戒を込めて、農家サイドで気長に見ていきたいです。

 ・野分後果物農家黙々と

 

(31日)〇二人目の孫の誕生。

 8月27日の夜遅くから娘の陣痛が始まり、病院と連絡とって、「しばらく様子を見ていて、もう少し頻繁になった連絡ください」とのことで、しばし様子を見ていが、頻繁になってきたので、旦那が夜中3時頃連れて行ったところ、車の中で破水が始まりそこで生まれた。 その後、病院でいろいろな処置をして、母子とも無事であったそうである。

  上の孫は、27日の夜から居宅で過ごす。何となく母がお産で病院に行ったことは分かるらしいが、屈託のない様子でぐっすり眠る。

  翌朝、彼が来て、その一部始終を話してくれる。またスマホで、その時の写真を孫に見せ、興味深そうに見ていた。

「これ弟で今日からお姉さんだよ」と声をかける。どの程度理解したのか分からないが、何か嬉しそうだった。

  今日夕方に退院してきて母子とも元気そうだ。

  孫はわが家で夕食を終えたところに赤ちゅんと初対面。

 周りから聞いていたこともあり、弟が出来たことはうれしくてたまらないらしく、しきりに赤ん坊の頭を撫でまわし、はしゃぎ回る。

 孫は1歳10ヶ月過ぎだが、大方は理解しているようで、たいしたものだと思った。

  私はこの先どれぐらい生きるのか分からないが、二人の孫を見守っていくのを、楽しみにしている。

 ・新生児の頭なでなで花野かな

 

(9月1日)〇孫の誕生に思うこと。

 三〇歳代後半に第一子を設けた娘とその夫は、子育ての手間の大変さを思いつつも、それ以上になんともいえない楽しさを味わい、夫婦とも早くから兄弟として、次の子の誕生を描いていました。

 むろん、経済的な物的な環境、一夫婦だけに負担がいかない人的環境などが欠かせませんが、子ども同士で育ち合うことを思い、次の子を産むことはゆるがなかったです。

 爺として気楽な立場の私から見ても、子どもを育てることで夫婦ともそれに応じて成長をしているなと感じています。

 少子高齢化でいろいろ言われていますが、いくつかの課題があるにしても、まず、当事者が、子育ての楽しさを覚えることが肝要だと思っています。

・新生児ヂヂババ子孫良夜かな

 

(2日)〇「自立主義的生活規範」と「自律」について①

「自律」は、自分の考え、行為を主体的に選択すること。それに対して、「自立」は他に依存しないで、自分の力で判断したり身を立てたりすること。

 ちなみに、広辞苑では次のようになっている。

【自立】:他の援助や支配を受けず、自分の力で判断したり身を立てたりすること。ひとりだち。「経済的に―する」

【自律】:①自分の行為を主体的に規制すること。外部からの支配や制御から脱して、自身の立てた規範に従って行動すること。

「自立」は、「ひとりだち」という意だが、現社会では「経済的に自立する」との考え方が強いものになっている。それは、自立主義的生活規範を産み出すものになっている。

 例えば、現社会で働くことは、その成果として収穫する、換金して稼ぐあるいは給料をもらい経済的に自立して自らの生活を成り立たせていく。その結果として、人として一人前に扱われるように思っている人も多いだろう。これは根強い思い方になっている。

  働きたいけれど、身体的に、精神的に、能力的になどいろいろな理由で、働くことが困難な人たちがいて、経済的な自立がかなわない人が少なからずいる。

  そして、「働かざる者食うべからず」という表現にみられる労働観は、現状では十分な所得が得られない人たちや、労働市場に入れずにいる人たちを、働きが足りないのだから仕方がない、努力が足りないのは自己責任だと思わせてきた。

・そう思わない疑う自由爽やかに

 

(3日)〇「自立主義的生活規範」と「自律」について②

 武道家の内田樹は次のように述べている。

〈ひとりひとりおのれの得手については、人の分までやってあげて、代わりに不得手なことはそれが得意な人にやってもらう。

 この相互扶助こそが共同体の基礎となるべきだと私は思っている。

 自己責任・自己決定という自立主義的生活規範を私は少しもよいものだと思っていない。

  自分で金を稼ぎ、自分でご飯を作り、自分で繕い物をし、自分でPCの配線をし、自分でバイクを修理し、部屋にこもって自分ひとりで遊んで、誰にも依存せず、誰にも依存されないで生きているような人間を「自立した人間」と称してほめたたえる傾向があるが、そんな生き方のどこが楽しいのか私にはさっぱり分からない。

 それは「自立している」のではなく、「孤立している」のである。(『ひとりでは生きられないのも芸のうち』より)〉

  また哲学者の鷲田清一は、こんなことを言っている。

〈「自立」とは他人の力を借りずに、ひとりで生きられるということではない。たとえ社会的サービスが充実していても、じっさいに動いてくれるのは機械ではなく他人だ。

 人間がひとりでできることはきわめて限られていて、食堂で何か食べるときには、調理するひと、配膳するひとがいるし、音楽に浸りたいときには、曲を作るひと、演奏するひと、ひとが要る。

 人間はそういう無数の他人に支えられて生きているのであって、ひとりでできることなどたかが知れている。

 と、すれば、「自立」とは、他人から独立していること(インディペンデンス)ではなく、他人との相互依存(インターディペンデンス)のネットワークをうまく使いこなせるということを意味するはずだ。困ったときに「助けてくれ」と声を上げれば、それにきちっと応えてくれる支えあいのネットワークのなかにあるということこそ「自立」であり、そのネットワークを支える活動が「自立支援」であるはずだ。(「死なないでいる理由」より)〉 

 辞書にある「自立:他の援助や支配を受けず」の支配はともかく、人は援助なしでは生きていけないのは当然の理である。

「自律」は、自分で考え、自分で目標を定め、自分で行動を選択すること。であり、人が主体的に生きていくのは、幼い子どもからお年寄りまで、欠かせないことと考えている。

 だが、「主体的に生きる」ことは結構難しいと思う。ある社会に暮らしていることは、その一般的な見方、考え方に影響されるし、ある集団に属していると、知らず知らずのうちに、その独特の見方にそまってしまうことがある。

・言いにくきことを言いたり天高し

 

(4日)〇「自立」とは。二つの言葉から。

・佐々木正美「子どもの心の育て方」

「なんでもひとりでできるようになること」が

自立ではありません。他人との調和のなかで

主体性を発揮して暮らしていくことが本当の自立です。

・「折々のことば:1364」(鷲田清一)

 【問題は、「自立」的であろうとしすぎることであり、それを促す社会の側にある。(岩田正美)】

 貧困のただ中にある人の「意欲」を喚起し、制度的な支援によって再び労働市場へと戻すという「自立支援」の施策には、貧困は個人が引き受けるものという前提がある。が、それ以前に「働いても貧困から抜け出せない構造」への対策が不可欠だ。貧困問題では就労機会や住宅の確保など「トータルな見方」がまだまだ希薄だと、社会福祉学者は言う。『貧困の戦後史』から。(鷲田清一)

・運動会切磋琢磨で育ち合ふ

 

(5日)〇さだまさしの『いのちの理由』動画のお祝い。

 二人目の孫の出産で、何人から、お祝いの言葉をいただきました。

  その中に、娘と同期の親御さんがいて、丁寧なお便りがあり、《娘は、彼女らしく変わらない面と、年齢とともに成長してどんどん変わっていく面があります。誰でもそうでしょうね。それなので、あたたかく気長に見ていくことが大事だと思います。》などと交信が続きました。

  その後、その友人の娘さん、私の娘とは学園の同期生から、親御さんを通して、さだまさしの『いのちの理由』の動画の紹介があり、さっそく聴きました。

  何かで聞いたことはありますが、こうして聴くと、いい樂曲だなと改めて思い、何回か妻と聴きました。 

 歌詞は、「訳」(道理)と「ため」(目的)の繰り返しの、誰もが分かる平易なフレーズで、樂曲になると膨らみが増し、さだの歌声で、豊かさをかもしだすような気がしました。

「歌は世につれ人につれ」などといいますが、それに触れる一人ひとりの状況によって、より生き生きと心にしみるのでしょう。

 これは、宗祖法然上人800年大遠忌記念の「法然共生(ともいき)イメージソング」として浄土宗から依頼されて書き下ろした楽曲で、さだまさしのアルバム『美しい朝』(2009年)に収録されているそうです。 

【いのちの理由・さだまさし】https://youtu.be/ZIXN6QItDK8

 ・秋暁や光自ずから射しはじむ 

◎「生産性を超えた生きている価値」(「四季折々」2020年8月23日~29日)

〇病とともに「四季折々」(2020年8月23日~29日)

(23日)〇孫の成長記録(1歳10ヶ月)「イヤイヤ期」

 孫はいろいろなこと分かるようになり、大体こちらの伝えたいことも分かってきて、素直に応じるときもあれば、イヤイヤをすることもあり、また要求も強くなってきた。

 イヤイヤは子どもの要求とこちらの事情がぶつからで、その要求がどこまで通用するのか、試しているようなときもあり、大体は収まるが、徐々に長くなってきた。

 幼児が2~3歳頃になると、自己主張が強くなり、親の言うことを聞かないことが多くなり、この時期を、第一次反抗期(イヤイヤ期)というらしいが、まだまだそれほどではない。

  また、分かろうとする探求意欲もましてきて、いろいろなことに手を出して調べようする。しばらくいじりながら不思議そうな顔をしたり、笑ったり、一人遊びをしているように見える時間も長くなってきた。

 また、何かといろいろなことをやって見たがる。すぐにできない、あるいはたどたどしいこともあるが、何度も自律的に挑戦することも多くなった。

 「自律」は、自分で考え、自分で目標を定め、自分で行動を選択すること。それに対して、「自立」は他に依存しないで、自分でやっていく、経済的、精神的に一人で立つこと。

 「自分で決めたい」という感覚は生まれながらに誰もが持っているだろうし、乳幼児に限らず子育ての要点はその子の「自律性」を支援することと思う。

 娘夫婦とともに、特にこの時期は孫の自律性を温かく見ていきたいと思っている。

・イヤイヤも自律のイロハ秋うらら

 

(24日)〇孫とおぐらやま農場の桃

 孫はわが家に来ると、「リンゴ」といいながら冷蔵庫の前に行く。

 かなり早い時期からおぐらやま農場のリンゴのドライフルーツがお気に入りで、まずそれを要求する。

 トマトジュースも好きで、「ジュース」はいち早く覚えたことばでもある。

  7月からはブルーベリー、桃と続き、しきりに催促する。桃はお昼ご飯の後、デザートとしてジジババと、一つを分けて食べる。

  妻が冷蔵庫から桃を出すと、表情全体が桃の実になったようで、うれしくてたまらないようである。一口で食べられるように、切り分けたものを一心不乱に食べる。

 その後、ジジババのお皿にあるものをしきりに指さしをする。

 種の塊が残り、「固いから食べられないよ」といっても、フォークで刺したり、手でつかんだりして、納得して一段落。

・桃食べて桃の実のごとなりにけり

 

(25日)〇福井正之著『「金要らぬ村」を出る…』刊行。

 昨日、「楽天ブックス」へ発注していた新刊が届いた。単価は送料含め1100円。

本書の定価は1000円+税=1080円になるが、確実に居宅に届くので、ここに求めた。

 今度の作品は、実顕地離脱後の何事もお金=賃労働を考えざるを得ない暮らしの実際を描くこととともに、同時期に離脱した仲間との交流を通して、20年以上暮らした実顕地の掲げる『金の要らない楽しい村』とは何だったのかと問うことになる。

 私見によれば、「村」の中では、お金のやり取りが介在しない暮らしを、ある種の不自由さを伴いながらも実現させ、その部分では曲がりなりにも居心地の良さを感じていた人も少なからずいたかと思う。

 それは、構成員の“給料なしの働き”によって獲得した資金によって成り立ったのであり、「村」を離れた資本主義社会のなかでは、通用しないものであった。

・金要らぬ楽しい村の生身魂

 

(26日)〇『〝金要らぬ村〟を出る…』について。(著者から)

《この作品の元になっているのは、<古い>人なら目通しされているかもしれない「今浦島にわか老後」という私の手記です。もう10年以上前に概要はできていました。この頃からなにかと文章化、物語化する習性が芽生え、かなりの量産がされていたと思います。つまり自分なりの「総括」化がそこまで行くしかなかったということでしょう。

 これに今回かなりの量の「ある前史」という部分を加えました。おそらくこれがないとなぜヤマギシがヒエラルキーと体罰を持ち出すに至ったかの過程が不明であり、私が25年もそこで「金の要らない」暮らしが可能だったか理解不能だろうと思います。

 そういうことではこれらは短期間に仕上げたというより、これまで出版の機会がないまま公表し、また感想をもらっては修正してきたという歴史があります。そういう旧作はまだごろごろしており、その中で私にとって最も愛着があり忘れがたいと思えるものを上梓したということです。

 さらにここでは、これまた旧作で私にとって忘れがたい「息子の時間」という小編(2006年作逗子で)を付け加えてあります。公開タイトル『〈金要らぬ村〉を出る・・・』作品の第2弾というべきか「付」をつけてあります。これは私にとって唯一の文学志向作品で懸賞に応募したものです。結果として私はこの道を踏みませんでした。

 それでともあれこれらの作品は、「私記」ないし「手記」の範疇にあるものであり、ちょっと「小説」とはいいがたい。強いていえば「ノンフィクション」といっていいと思います。これらの営みが「金要らぬ社会」で将来どんな営みになっていくものかは興味深いですが、またいずれ別の機会にしましょう。》

(「回顧―理念ある暮らし、その周辺」(80)から 2020年08月07日)

・玉手箱開ければ翁雲に鳥

 

(27日)〇『追わずとも牛は往く』について

 この度の新刊『〝金要らぬ村〟を出る…』は、2018年刊行の『追わずとも牛は往く』と繋がりがあると思っていて、その書について触れてみた。

 タイトル『追わずとも牛は往く』の副題として「労働義務のない村で」とある。

 本書の特質として「働かざる者食ってよし」「働かざる者食うべからず」のフレーズが要所に出てくる。その表現とともに、「働くとは」、「さまざまな人たちと共に生きていくとは」を自問自答しつつ物語が展開し、本書の基底音となっている。

  本書は著者の北海道試験場(ヤマギシの村)の体験をもとにした、「睦みの里」という共同体を想定し、そこでの村人と大地と牛との生活が、生き生きと描かれている。

 1975年、主人公・丈雄がそこを最初に訪問したおり、村人より次のような説明がある。 

〈丈雄:世間では働かんと食えん、いわゆる《働かざる者食うべからず》という暗黙の強制がありますよね。(------)

 村人・須崎:一軒の家じゃ親が働いて子どもらを食わせる。もちろん自分らもそれで食う。その動機は家族を養うということや。子どもは働かんから、家賃、食費を払わんから食うな、という親はまずおらんやろ。まあ《働かんでも食ってよし》じゃ。別に遠慮せんと大きな顔していてよい。ところがこの家をもっと大きく広げて考えてみなされ。中には子どもみたいな大人もおる。働いても稼ぎが乏しい人、体の具合が悪うて働けん人、それにブラブラしていたい人もおる。親ならそんな人らを放っておけんやろ。いや別に親とは誰と決まっとるわけやない、なんとかそんな人らを食わしていくのが親や」(第一章「発端」〉

・追わずとも牛は往くなり草の花

 

(28日)〇「生産性を超えた生きている価値」

 1976年、主人公丈雄は地元の高校教師を退職し一家四人と参画する。

 主人公一家が『睦み』(※北海道試験場)に到着した翌日に、『睦み』の役職の人たちによる主人公夫妻の受け入れが予定されていた。

 それまで時間があり、今の新鮮な気持ちのうちに友人たちへの挨拶状をと手紙の文章を考えた。 

《ようやくやってきたこの里の宿舎の窓からは

 広漠とした雪原が見え

 そのかなたに知床の山々がくっきり浮かんでいます

 私たちの「個」は互いに屹立し他と峻別される単峰でなく

 あの並び立つ連山の峰の一つになりうるならば、とねがうのです

 人は共にあることが避けがたいからこそ

 睦み合うものとして生まれたのでしょう

 だから自分だけでなく自分を含めた人々のために

 身体を使うこと智恵を働かすことが心地よく爽快なはずです

 そんな大家族の未知の可能性に賭けてみたいのです》

  最近、このことについて福井氏は次のように感慨を述べている。

〈ぼくは自分ながらへーと感嘆していた。偶然にも最も出会いたかった章句だった。そしてこの内容で日々充実して動き得たら、「生産性を超えた生きている価値」に到達しえるはずだと感じた。そこで改めて別海で感じてきた心地よさなるものは、まさにこの「生産性を超えた生きている価値」にあったのではないかと思えてきた。

 それは理からいえば「この連山の一峰」と重なってくるのである。そしてあれこれの場面がそのように生きてきた証のように思い出されてきた。なんと疎いことか。おそらく金銭との代償では絶対にそうは感じられなかったであろう。》

(ブログ「回顧―理念ある暮らし、その周辺」(82)改稿「金要らぬ」「働かざる」の境地・8月14日より)

・知床の秋の山々睦み合ふ

 

(29日)〇「花眼」(かがん)という言葉。

「花眼」とは中国語で老眼を指す言葉で、細かいところがボンヤリしているが、かえって花全体がよく見える眼という意らしい。

 五木寛之&玄侑宗久対談集『息の発見』の第6章「食と健康と呼吸法」に次の一説がある。

《玄侑宗久:中国語では、「老眼」を「花眼」と書く

玄侑:中国語では、老眼のことを「ホワイェン」というんですけど。

五木:どういう字ですか。

玄侑:「花眼」と書くんです。

五木:ああ、花眼。いいことばですね。

玄侑:花が美しく見えるためには、あんまり細かいところが見えるんじゃなくて、全体がよく見えなきゃいけない。それが老眼なんだという。》

 ある新聞の歌壇に掲載されていた次の一首がある。

 「老眼を花眼と呼ぶことうれしくて聖書の小さき活字を辿る」(飯島幹也)

 また、俳人森澄雄の第二句集『花眼』(1969年)がある。

・老眼よりも花眼がよろし朝の霧 

◎「金の要らない仕組み」を考える。「四季折々」(2020年8月16日~22日)

〇病とともに「四季折々」(2020年8月16日~22日)

(16日)8/16NHK俳句。選者・西村和子。司会・岸本葉子。題「蜩」。

 ゲスト・声優の平野文。

・烏賊そうめんさばく男のごつき指 平野文

・ひぐらしに夢あともさきも色消えて 平野文

・蜩のとよもしあへる泊瀬かな 西村和子

※「とよもす」=「響(どよ)もす」の古語。声や音をひびかせる、というような意味。「泊瀬」は地名でもありますがいろいろなニュアンスのある言葉です。人の身の「果つ瀬」から由来、大来皇女が禊したという神聖な瀬、豊饒の源たる母胎、等々。

・供花(くげ)のなき墓へひぐらし惜しみなく小田原市 陌間みどり 特選一席

・蜩や杉の雨滴の落ちきらず青梅市 市川盧舟 特選ニ席

・蜩や昇降口に影長く 神奈川県藤沢市 北村友一 特選三席

・蜩や色深くなる燧灘(ひうちなだ)西条市 砂山恵子

・蜩や村に伝はる神隠し日野市 松本健

「句会の披講と名乗りについて」

 披講で自分の句を読みあげられた時は、他の人によく聞こえるように、そして気持ちよく名乗ることが大事。披講した人も嬉しいし、選んでくれた人も嬉しい。句会における一つのマナーでもある。

  ・かなかなのかなのかなしくしみとほる

 

(17日)〇ベーシックインカム(BI)論から、「働く」について考えてみる。

  「働く」というのは、「動く。精神が活動する。精出して仕事をする。他人のため奔走する。効果をあらわす、作用する。」などの意義があり、ある意味、人が生きるとはそういうことであり、稼ぎ(お金)に換算するとか、生産性をあげることとは別のことである。

  武道家の内田樹は「働くとはどういうことか」について記事を寄せている。

《「働く」ことの本質は「贈与すること」それは人間の人間性をかたちづくっている原基的ないとなみである。》

  筆者は「人間だけが労働する」という視点から、「『労働』とは生物学的に必要である以上のものを環境から取り出す活動のことである、そういうことをするのは人間だけであるだろう」と述べる。 

 そして、「労働」とは、「他者」という存在があって初めてなされることであり、自分も他者も共に喜びを分かち合う、という心からなされる喜びにあふれた人間の行動である。 

 労働は価値を創出する。だが、価値というものは単体では存在しない。価値というのは、それに感動したり、畏怖したり、羨望したりする他の人間が登場してはじめて「価値」として認定されるからである。

(内田樹の研究室「人間はどうして労働するのか」2009-12-16より)

 ・したたかに働く臓器長き夜

 

(18日)〇「働く」ことの本質は「贈与すること」を別の角度から述べた文章。

 《労働は本質的に集団の営みであり、努力の成果が正確に個人宛に報酬として戻されるということは起こらない。

 報酬はつねに集団によって共有される。

 個人的努力にたいして個人的報酬は戻されないというのが労働するということである。

 個人的努力は集団を構成するほかの人々が利益を得るというかたちで報われる。

 だから、労働集団をともにするひとの笑顔を見て「わがことのように喜ぶ」というマインドセットができない人間には労働ができない。

 これは子どものころから家庭内で労働することになじんできている人には別にむずかしいことではない。

 みんなで働き、その成果はみんなでシェアする。働きのないメンバーでも、集団に属している限りはきちんとケアしてもらえる。

 働くというのは「そういうこと」である。》

(内田樹の研究室「若者はなぜうまく働けないのか?」2007-06-30より)

  このことは家庭内のことを見れば、このように展開しているところも多いだろう。お母さん、お父さん、子どもたち、それぞれ何らかの「働く」をしている。赤ん坊、寝たきりのジジババなど、ケアされるだけの人もいるかもしれない。しかし、「働く」成果はつねに集団によって共有される。

 その一つひとつの小さな集団が集まった大集団から、社会になっても「働く」の本質は変わらないと思う。

・天高し人間小さく働ける

 

(19日)〇ベーシックインカム(BI)論か「金の要らない仕組み」を考える。

  BIは、「働くこと(生きること)」と「生きるために必要な所得(お金)を得ること」を切り離して考える。それは、「働かざる者食うべからず」との根強い労働観や「働いて稼ぐ」「働きに応じて支払われる」という見方を考え直させるともに、働かなければ生活が保障されない、という今の社会の仕組みを見直し、生存そのものを条件なしに保障するという発想で乗り越えようとするものといえる。

  もう少し視野を拡げて、多くの家庭ではそうなっているように、家庭内ではお金の要らない(やりとりが介在しない)生活を社会の仕組みとして考えてみたらどうなるか。

 社会からお金というシステムが無くなり、あたかも水や空気と同じように、無条件ですべての人に手に入れられる仕組みが実現したら、どうなるだろう。

 そもそもお金は、何かの物、あるいは労力と交換できる権利(社会的な約束事)でしかなく、実体のないものなのだから。

・やりくりの金の算段秋さびし

 

(20日)〇『金の要らない楽しい村』について。

 上記の構想を突き詰めていくと、実顕地のキーワードでもある山岸巳代蔵が亡くなる前の前年(1960年)に述べた『金の要らない楽しい村』「総論」にある次の文章が思い浮かぶ。

 〈金が要らない楽しい世の中に世界中がなると聞いた時、複雑に考えれば、到底不可能だと頭ごなしに否定する人もあるかも知れない。これは何かの考え方を入れて、複雑に考え過ぎているのではなかろうか。

 軒端のスズメや、菜の花に舞う胡蝶でさえも、金を持たないで、何らの境界も設けないで、自由に楽しく舞い、かつ囀っている。権利も主張しないし、義務も感じていないようだ。

 能力の秀れた知能を持っている人間が、なぜ囲いを厳重にし、権利・義務に縛られねばならないだろうか。

 金の要らない楽しい村では、衣食住すべてはタダである。無代償である。

(中略)

 元来誰のものでもない、誰が使ってもよいのである。みなタダで自由に使うことが出来る。

 当り前のことである。

 誰一人として、権利・義務を言って眉をしかめたり、目に角立てる人はいない。泥棒扱い、呼ばわりする人もない。

 労働を強制し、時間で束縛する法規もなく、監視する人もない。〉

(山岸巳代蔵『金の要らない楽しい村』「総論」ー全集三巻所収より))

・爽やかや金の要らない楽しい村

 

 (21日)〇8/20プレバト俳句。題「カレーライス」

・遠雷の夜汽車 カカオの奴隷史(横尾渉)名人5段へ1ランク昇格

 夏井評:「遠雷」が夏の季語。「夜汽車」までで1カットで、後半で本が出てくる。夜汽車に乗っている人物が本を読むに違いないと読み手が想像できる。1音足して17音にするのは案外簡単。前半に「よ」の詠嘆や、後半に「は」で余韻を残す方法。言葉1つ入れると全体のバランスが崩れる。16音でいく2つのバランスで押し出すことで、最初の季語が主役として読み手の心に残るのではないかと作者が判断した。かつての「奴隷史」を今年句に詠む意味も、若い作者が詠む意味も、心の中に深く受け止められる。(※私は句も評もいいとは思わなかった。)

・海の家香るカレーは★3つ(ゆきぽよ)1位 才能アリ70点

 夏井評:語順がとても良い。夏の季語「海の家」を置いた瞬間に、状況・場面・映像が出てくる。「香る」で海の潮の匂いかと思った瞬間に「カレー」が出る展開は得している。下五のマークが可愛くて明るい。表記の明るさが茶目っ気のある明るさで、句の内容にも似合っている。定型のリズムの句は本当に気持ちが良い。

  〇8/13プレバト俳句。題「本棚」

・謎解きの頁に蜘蛛は果ててゐる』(森口瑤子)特待生3級へ1ランク昇格

 夏井評:頭の表現「謎解きの頁」で読むのが推理小説に違いないと分かり、ここら辺の言葉の経済効率が非常に上手いのが一点。問題の助詞「に」は、場所を示すため、クローズアップされる映像になる。ページに蜘蛛がくる。助詞「は」の強調によって「(蜘蛛が)逃げたのか?」など読み手が興味を持ち始める。下五「果ててゐる」の淡々とした描写が良い。

・読み終へて痣の醒めゆくごと朝焼』(梅沢富美男)永世名人21句目に掲載決定。

 夏井評:上五で時間経過をささやかに表現できた。その途端に痣が出てくる。「静かに本を読んでるのになぜ痣?」と読み手が辿るが、痣が朝焼の比喩だと分かった瞬間のハッとする驚きがある。比喩に留まらず、読み終わった後の心の思いや心情も「痣」と響く感じもする。これは非常に瑞々しい感覚。初めて純粋に期待を抱いた。

 ・苦情ありライスカレーの夜食かな

 

 (21日)〇おぐらやま農場の桃。

 今月は、年間会員としておぐらやま農場の上旬(あかつき3K)下旬(なつっこ3K)の桃が届いた。

 桃は7,8月と楽しみにしていて、美味しくいただいている。

 孫は桃がお気に入り。お昼ご飯の後、デザートとしてジジババと、一つを分けて食べる。

  妻が冷蔵庫から桃を出すと、表情全体が桃の実になったようで、うれしくてたまらないようである。一口で食べられるように、切り分けたものを一心不乱に食べる。

  また、今年は桃「なつっこ3K」をI宅、O宅に贈答用として送る。その後、届いたとの嬉しそうな電話があり、妻と長電話になる。

・桃の果を贈り贈られ花いちもんめ