四季折々(日々彦の文芸欄)

日々彦の詩歌句ノート、随筆、講演、紀行文など

◎身体と意識「四季折々」(2021年3月28日~4月3日)

〇病とともに「四季折々」(2021年3月28日~4月3日)

(28日)〇照ノ富士優勝する。

 照ノ富士は、モンゴル出身の29歳。初土俵から25場所目での優勝で場所後に大関に昇進し横綱候補として期待された。しかし、ひざのケガや糖尿病などから稽古のできない状態となり、平成29年名古屋場所から4場所連続で休場し、その年の九州場所に2年間務めた大関の地位から陥落した。さらに平成30年夏場所からも5場所連続で休場し、おととしの春場所には序二段にまで番付を下げた。一時は引退も考えた。

 それでも師匠の伊勢ヶ濱親方に説得されて思いとどまり、けがや病気の回復に伴って少しずつ稽古を再開し再び番付を上げていく。ひざのけがは完治していないが、大関時代を思わせる力強さに、積み重ねてきた四つ相撲のうまさが加わり、今場所優勝した。

 自身のよくない身体の状況に合わせて適切な取り口を工夫しつつ稽古を積み重ね、希望の光を持ち、渾身の生き方は大したものだと思った。

 令和3年春場所も無事に終幕。横綱・白鵬の途中休場に、横綱・鶴竜の引退といったニュースもあったが、最後は照ノ富士が堂々の相撲で締めてくれた。コロナ禍において、感染者を出すことなくまた一つの場所が無事に終わったことに、安堵している。 いろいろ問題がありながらも、相撲観戦は面白い。

 また、中日スポーツの北の富士コラム「はやわざ御免」も楽しみにしている。

・渾身の取り口うらら照ノ富士

 

(29日)○おぐらやま農場からリンゴが届く。

 年間コース20回の3月下旬分が届く。今回最後のリンゴ発送となるとのこと。

 また、ニュースレターも楽しみにしている。連載記事「畑が教えてくれたこと」など、いろいろ教えられることも多い。

  3月号の「おぐらやま農場だより」は「おぐらやま農場の倉庫作り」を手掛けている大工の慶太さんの記事が紹介されていて、この安曇野での人の繋がりは素晴らしいと思って注目している。

 その記事は「友人と森と私で家づくり」のタイトルで、次のことが書かれている。

《ある里山に住む友人が山を買い植生を本来の雑木林に戻すため赤松やカラマツを切り始めた。(-----)大工の私は、「おぐらやま農場の倉庫作り」にその里山から木を運び出している。(-----)

 里山で土に還って行こうとしていた戦後植えられた50歳以上の大木が、木材に生まれ変わり、もしかしたら200年位家として使われていくかも知れないと思うと何か充実した気持ちが湧いてくるのである。三者三様の立場だがお互いやれることをやっているだけだけれど、面白いし楽しいしワクワクするのである。自分なりだが精一杯良い家を作っていきたいと思う。》 

 今の私は、自分が健やかに生きることに精一杯で大したことはできないが、30年ほど前、多少の接点がある若者たちの安曇野での活動を応援していきたいと思っている。

・森は春大木伐りて家となす

 

(30日)〇歯の手術をする。

 いろいろ言われているが、総合的に考えてインプラントを選択し、今日手術し、土台としてインプラントを入れた。随分緊張はしたが、麻酔が効いたのかあまり痛みを感じることなく15分ほどでおわる。それにしても、口内をドリルのようなものでガリガリするので、凄いものだなと思いながら医師に任せていた。その後、経過を見ながら上部に歯をかぶせる。総額44万円。

 インプラント治療(ウイキペディアより):一般的な治療の流れは、インプラントを骨の中に埋め込み、インプラントと骨が十分に接着するのを待ってから、その上部に歯を作成する。インプラントと骨が接着する過程を骨結合とよび、通常は、2-6か月を要する。インプラントを埋め込む前に骨を増やす手術などが必要な場合には、1年以上待つこともある。

 外科手術が必要であり、事故や合併症のリスクがあることが報道でも取り上げられ、インプラント治療の安全性の確保に対する意識が高まっている。インプラント治療の成功の鍵を握る一つの重要な条件は、インプラントと骨が十分に接着し、インプラントがあごの骨の中で動揺することなく安定することであるが、その安定が得られず失敗に終わることも相当数ある。失敗の確率は、症例の難易度や患者の骨の状態などによって異なり、比較的簡単な症例でも8-9%程度、難しい症例では10-15%以上に及ぶこともある。

・春疾風早く終わつてくれないか

 

(31日)〇体調のこと

 10日ほど前、風邪をこじらせたのか、咳や喉の痛みがひどくなり、体温計では 37度以上の熱があり、体調はひどいとは思わなかったが、用心して床に臥した。

 丁度コロナのこともあり、妻も大層心配したが、熱は36度近くに下がり、体調もまあまあの感じもあり食欲もあるので、喉の痛みはあるが医者にはかかっていない。

 黄砂や乾燥のこともあり、それには気をおいているが、喉の痛みは、まだ少し尾を引いている。乾燥のひどいときは、寝る前に横の椅子にびしょ濡れのタオルをかけるようにしていて、朝にはほとんど乾いている。

 脊髄小脳変性症によるふらつきは激しくなっていて、歩行そのもののぎこちなさは増しているが、体調はまずまずだと思っている。

 しかし、いろいろな意味で身体が弱くなっているのを感じている。

・咳去つて身体軽しや沈丁花

 

(4月1日)〇ヒューマニエンス「“死” 生命最大の発明」を観る。

 内容:「死は生命最大の発明」と語ったのがスティーブ・ジョブズ。そして科学者たちは「死」は、生命が進化のために獲得したシステムだという見解を見出ている。実は私たちは、いつか朽ち果てるカラダという乗り物を使って、生殖細胞という不死の細胞を次世代に受け継ぎ、多様性を手にしてきたというのだ。さらに生と死の境界におこる脳の不思議な世界や、不慮の急患による生命維持の可能性を秘める人工冬眠などの最新研究が印象に残った。

 番組を通しての感想は、いろいろな角度から探っても「死」そのものは、永遠に解明し得ない現象であろうし、定義も立ち上がらない。理由は「体験・実験出来ない」からである。不老不死の可能性については、どこまでも妄想に過ぎないと思う。

 個体の「死」は重要でないとの発言があったが、現社会では「ひと」は社会のなかで、生まれ、育ち、死んでいく文化的な生きものであるとの考えで、あまりにも個人に焦点をあてて「死」を捉えるのは、ほどほどにする必要を感じた。

・いつ死ぬも天命なのか水草生ふ

 

(2日)〇生命は授かるもの

 上記の番組から『愛国と信仰の構造』の島薗進の発言を思った。

「近代科学、近代文明を追求していけば、原発やⅰPS細胞のように人間が人間であることをやめなくてはならない領域に踏み込んでしまう可能性があり、そうなれば生命の秩序、宇宙の秩序に反するものと宗教は言うべき、具体的には、一つひとつのいのちが軽んじられるあり方を認めることはできない」

「生命は授かるものであるという考え方に対して、生命を作るという考え方の中には、生命を手段とする可能性がおのずから入ってしまう。

 それから、一つひとつの生命は自分ではどうしようもない限界をもっているがため謙虚であり、お互いに共鳴し、我々の倫理の前提になっているが、人間の思い通りに変えることが出来るとなると、その倫理の基盤を失うことにならないかと、マイケル・サンデルなどの論がある」

 これについては、ブログ「ひこばえの記」に書いた。

 https://masahiko.hatenablog.com/entry/2021/01/23/170000

 ・生も死も宇宙の秩序草萌ゆる

 

(3日)〇内田 樹『日本の身体』(新潮社、2014)を読む。

 自らも能楽と合気道に親しむ著者が、日本独自の身体運用の達人たち12人それぞれの魅力を引き出す対話集。通奏低音として日本人の身体には、日本固有の風土・歴史・文化に裏打ちされた身体技法がある。当然、外国にもそれぞれ固有の身のこなし、身体技法がある。身体運用は、集団的な仕方で制度化されているという。

 日本的身体の特徴は、(敵)対する人はむろん、道具(楽器とか剣)も対象とはしない、一体となる。それは、一人でも、複数人でも、物とでも、世界とでも「場」として「共感」する事によって鳥瞰的に「全てが観える」状態という同化するための技術を磨くことである。キーワードは、身体的シンクロ、共感、繋げる、(敵)対関係からの同化などとなるかな。

 個人的に面白かったのは次の方との対談。

・千宗屋 茶道家―五感全てを差し出し、その洗練を問う

・井上雄彦 漫画家―武道の本質を示した、「描かれた武道書」

・多田宏 合気道家―命の力の高め方、保ち方、使い方の訓練法

・池上六朗 治療者―「一瞬前とは違う状態を作り出す」ことで治す

・松田哲博 元大相撲力士―稽古の基本は身体の機能が目覚める「しこ」

・工藤光治 マタギ―人だけのものではない山から恵みを授かって生きる

・平尾剛 スポーツ教育学者―人間としての成熟が「愛情あるパス」をつなげる

 茶道家、千宗屋さんとの対談より。

《お茶では「一座建立」といいますが、まさに「座」を作り上げる、そういう意識ですし、お茶における究極的な主客の在り方は、「賓主互換」とその対を成す「賓主歴然」という言葉で表します。(賓主互換とは)賓が主になり、主が賓になる、つまり自他の区別が混然となってしまうということです。「賓主歴然」とは主と客が歴然と分かたれること。その感応こそが、お茶における主客の理想的なありようだというのですね。》

・よろけつつわが身健在すみれかな