四季折々(日々彦の文芸欄)

日々彦の詩歌句ノート、随筆、講演、紀行文など

◎自然と科学「四季折々」(2021年2月28日~3月6日)

〇病とともに「四季折々」(2021年2月28日~3月6日)

(28日)〇第22回(2020年度)NHK全国俳句大会の放送を観る。

 題詠特選一席と自由題特選一席を選者の評とともに紹介、それに西村和子、櫂未知子、髙柳克弘の評を添え、さらに受賞者の喜びの声を織りまぜながら番組は構成。各選者がどのような視点から評価したのか、とても面白かった。

 印象に残ったのは、龍太賞の作品「みづの旅」(埼玉 鈴木恭子)で、15句の中から5句が紹介された。これは本当に素晴らしい。

「水底のやうな暁龍太の忌/一鳥も啼かぬ森抜け雪解水/木の根開く水は水音惜しまずに/星涼し水も旅するものとして/下り簗流れに空が降りてきて」

《(高野ムツオ選評)水をテーマにまとめた十五句。海や湖の水、谷川の水、都会を流れる水、雨となって降りしきる水など。生きとし生けるすべてのものに欠かせない水の姿が多様に展開されていた。

「一鳥も啼かぬ森抜け雪解水」春遅い山中の様子が感じ、これが印象的でした。「木の根開く水は水音惜しまずに」には春到来の喜びが山国の風土性とともに湛えられている。「星涼し水も旅するものとして」には恵みの水のありようが、地球も無数の星の一つとの謙虚な認識とともに表現されていた。

 今回のテーマがひとつにまとまっているスケールの大きな俳句です。15句は平明な言葉遣いでありながら豊かな情感がたたえられていて受賞作に相応しいと感じました。》

 なお、当ブログに【◎第22回(2020年度)NHK全国俳句大会より(日々彦備忘録)】として記録した。

 https://hibihiko-ya.hatenadiary.jp/entry/2021/02/11/183000

・薄氷や水にたましひあるごとく

 

(3月1日)〇100分de名著・第1回 寺田寅彦「天災と日本人」を観る①

 東日本大震災の激甚災害から10年になり、また、新型コロナウィルスという厄災の渦中、NHK「100分de名著・第1回 寺田寅彦「天災と日本人」」が放送された。

 番組は寺田の災害観のエッセンスがつまった随筆集「天災と日本人」をもとに、「自然」とのつながりに焦点をあてて、大災害という予測不可能な危機にどう向き合い、どう冷静に対処するかを考える。

  物理学者であり、文人としても数多くの魅力あふれる随筆のある寺田は地震、火山、海洋、気象などについての研究をもとに、自然災害の多い日本の防災のために数々の提言を行っている。そして、文明が進歩すればするほど災害による被害は甚大になるという洞察をしている。

・ウイルスの騒がし年の日永かな

 

(2日)〇100分de名著・第1回 寺田寅彦「天災と日本人」を観る②

 寺田の随筆「天災と国防」の次の記述がある。

《しかしここで一つ考えなければならないことで、しかもいつも忘れられがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である。(-----)

 文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである、災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである。》

 ここで「細工」という言葉を使っている。細工(さいく)とは「手先を使って細かい器物などを作ること。また、作ったもの。」との意だが、所詮、天然に対抗する人間の手掛けたものは、そのようなものにすぎないという観点も大事だと考える。

 東日本大震災の原発事故について、想定外との言葉が使われていたが、自然現象に想定外はありえないと思う。人間はそれほど賢くないとの認識からものごとを見ていくことも大切にしたい。

・ 見え方の違い楽しや遠霞

 

(3日)〇寺田寅彦の俳句など。

 上記の番組で、寅彦の俳句「哲学も科学も寒き嚔哉」が紹介された。

《短歌と俳句は、日本の自然と日本人自身を雄弁に物語るものだ。日本の風物と日本人の感覚のもっとも身近な目録索引が歳時記。座標軸としての時間と空間を表すものが季題である。》

 18歳の時、熊本の第五高等学校に入学した寅彦は、夏目金之助(漱石)と運命的な邂逅をする。漱石から英語と俳句を学ぶなかで漱石の深い教養と人間的魅力にふれ、漱石を心底畏敬し、人生の師として親密な関係をもち続けることになる。

 随筆「俳句の精神」は、専門の俳人や研究者とは少し異質な、日本人の自然観からの考察は興味深いし、他の随筆にはよく俳句論を述べている。また、俳号は藪柑子とも牛頓(ニュートン)ともいい、自ら詠んだ俳句も面白い。

・「客観のコーヒー主観の新酒哉」・「人間の海鼠となりて冬籠る」・「柿渋しあはうと鳴いて鴉去る」・「雲の峯見る見る雲を吐かんとす」・「栗一粒秋三界を蔵しけり」・「冬川や朽ちて渡さぬ橋長し」・「盗人潜む二百十日の縁の下」・「しべりあの雪の奥から吹く風か」・「鮟鱇も河豚も喰ふなり年の暮」・「寒月に腹鼓うつ狸かな」

 ・春星や牛頓俳句も面白し

  

(4日)〇自然と近代科学

 古来日本人の自然観は、自然を人間に対立するものではなく、そこに溶けこむところと見ていた。

 唐木順三が「田作りは人間の恣意、己の我執を離れて、山河大地の自然に従順しながら、天地の恵みをここに結晶してゆく行事であった」(『日本人の心の歴史』)というように、畏敬の対象でもあり、農の営みは自然と人為の調和的なものであった。

 自然現象に対して人の能力には限界があり、人間にはどうにも左右できないものが果てしなくあり、自然は畏怖の対象となるものでもあった。地震や風水の予測し難い災禍の頻繁なこの国土に住む人々は、その自然の中で、永年に亘って様々な知恵を寄せ合い、そこに溶け込む暮らし方、考え方、互助精神などを培い育んできたのではないだろうか。

 一方明治以後の西洋化・近代化により、近代科学・技術は生活の隅々まで浸透してくるようになる。

 近代科学は操作する人間と操作される側と明確な切断をすることで驚異的な発展をしてきた。人間の力で自然や何事をも克服せんとする努力が西洋における科学の発達を促したともいえる。それは、人間と自然との明確な分離、意のままに自然をコントロールするという志向性を生むことになり、そこに基礎をおくテクノロジーの浸透によって、人間の操作的思考法でなんでも実現できる、自然を征服することができるというような錯覚も蔓延するようになり、この思考法の破綻や限界が言われるようになってきた。

 現在の私たちの考え方や暮らし方には、近代科学・技術の操作的思考法、自然の生態系への配慮を欠いた産業や開発、物的な豊かさの過剰な追求、過度な便利さへの欲求、人間の意識中心主義など、相当にしみこんでいると思われる。

 ・春潮や自然の中に科学あり

 

(5日)〇歯科検診とインプラントのこと。

 昨日H歯科に行く。歯石など歯の掃除と状態の確認をしてもらいに、およそ3か月ごとに検診をしてもらっている。その後、1月はじめに抜歯した後どうするか相談した。

 歯を失ってしまった場合の治療方法には、インプラント・ブリッジ・入れ歯の3つの治療方法がある。むろんほっておくというのもあるが。

 私の体の中では、比較的よい状態を維持していて、口や歯は健全な食生活にとって大事な箇所であり、入れ歯で難儀している妻鵜を見るにつけ、これはありがたいと思っている。

 歯科医からそれぞれのメリット・デメリット説明があり、その前にあらかじめいろいろ調べ、インプラントをしてもらうことにした。いろいろ言われているが、最近は優れた治療法式になっているようだ。むろん丁寧な手入れは欠かせないが。

 インプラントとは、歯を失ってしまったところに、人工の歯の根っこ(チタン製)を埋め、その上に人工の歯のかぶせ物を取り付ける施術のことをいう。ブリッジや入れ歯と比較した場合、インプラントは天然の歯に一番近い構造を持っていて、3つある治療方法の中でも「インプラント」は、周りの健康な歯に一番負担をかけにくと思う。

 ただ最大のデメリットは、保険がきかず費用がかかることで、H歯科では50万円ぐらいになるという。

 妻も、コロナ禍で一年以上どこにも旅行・行楽の類をしていなく、それをしていたら50万ぐらい飛んじゃうわよといって、賛成である。また年齢からみても、10年以上食生活の心配がいらないことが、大きな決め手になった。

 ・口が歯に意見するや歯科は春

 

(6日)〇ザ・ヒューマン「止まらない男〜噺(はなし)家 柳家小三治」を観る。

 現役落語家で唯一の人間国宝・柳家小三治(81)。コロナ禍で人々の気分が沈むこの冬、「こんな時だからこそ落語を」と精力的に各地で公演を続ける姿を2か月にわたって記録した。

 休憩10分で2時間喋り続ける独演会の舞台裏。 頸椎を痛め、長年リウマチも患う満身創痍の体。それでも高座に上がり続ける理由とは? 心のふるさと・仙台での渾身の一席など、見るからに満身創痍の中、精力的に各地を廻り高座に上がる姿に感慨を覚えた。

 それにしても、ほんの数分紹介された口演の「粗忽長屋」の華やかな口調は見事だった。

・小三治の口調華やか椿燃ゆ