四季折々(日々彦の文芸欄)

日々彦の詩歌句ノート、随筆、講演、紀行文など

◎第22回(2020年度)NHK全国俳句大会より(日々彦備忘録)

※今年度のNHK全国俳句大会は新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点からNHKホールでの公開による開催を中止とした。俳句投稿は49,264句

 2月28日(日)の午後3:15~4.:15にNHK Eテレで放送予定。

 

▼「大会大賞作品」。

〇「拭き上げて雪の匂ひの生家かな」東京 冬魚 ※井上康明・櫂未知子題詠一席。

 (井上康明選評)雪国の生家から離れて暮らす人を思った。冬を迎えるために久しぶりに帰って、家の中を掃除し、床や柱を拭き上げたのだろう。かつて暮らした思い出が蘇り、やがてやって来る雪の季節と冬籠りの日々を思いだす。しんと静かでたしかな雪の匂いがするのだろう。

 (櫂未知子選評)久しぶりに訪ねた「生家」なのでしょうか、すみずみまで掃き清めた作者はふっと「雪の匂ひ」をかんじたのでしょう。育った風土、そしてそこではぐくまれた家族の歴史が感じられ、とても美しい句となりました。一句の構成もみごとです。

(作者受賞の声)正直、「まさか」と思い、老眼鏡をかけて 「特選」の文字を確認しました。母は 「着物を作ってあげる」と言い、息子と娘はめずらしく尊敬のまなざしで見てくれました。

 

〇「銀漢や未来は生まぬ砂時計」鹿児島 久永のり尾 ※対馬康子・宮坂静生題詠一席、星野高士題詠秀作。

 (対馬康子選評)砂時計の砂が水のように落ちてゆく。それは今現在という瞬間の粒です。その粒は次々と時間の遺物となって積もります。何度逆さまにしても未来は生まれません。タイムマシンがあったとしても、決して砂時計型ではないでしょう。永劫の銀漢の夜空に見えない未来を思います。

 (宮坂静生選評)天の川というつるっとした感じではなく、星の集まりの銀漢。窓辺に置いた砂時計。卵を茹でたり、ブロッコリーを湯掻いたりするときに使う。砂はあわれ。計器の中を永遠回帰。また立て直されてぐるぐる廻るだけ。未来という出口がない。これは大変な句だ。銀漢宇宙には未来がのだろうか。

(作者受賞の声)東京在住時から二十年近く夢ではないかと思う賞に浴し、夫婦して喜び合いました。私にとり俳句は日記であり、「十七文字に詩を」目指して生涯続けたいと思っています。

 

〇「木々の影深く沈めて冬の水」東京 川副康孝 ※宇多喜代子自由題一席、片山由美子自由題秀作、櫂未知子自由題佳作。

 (宇多喜代子選評)中村草田男の〈冬の水一枝の影も欺かず〉を思い出させるが、似て非なる句である。水はたとえ30センチ程度の水深であっても、亭々たる木を映す。張りつめた冬の水が木々の全容を映している。その様が中七によく表現されている。

 (作者受賞の声) 三年前に病を得、現在要介護三の身で家にこもりがちですが、生きているかぎり作句を続け、自分の人生を自然体の実あるものにしたいと思います。

 

 

▼特選作品

「稲畑廣太郎選」

題詠 一席:鉦叩闇に段差の生まれけり 神奈川‐原田博之

自由題一席:夕星に語りかけたる虫の声 福岡‐宮脇睦子

「井上康明選」

題詠 一席:拭き上げて雪の匂ひの生家かな 東京‐冬魚

自由題一席:露草や嬰百日の指ぢから 大阪‐浅井映子

「宇多喜代子選」

題詠 一席:放生会水に抗ふ魚もいて 奈良‐佐藤雅之

自由題一席:木々の影深く沈めて冬の水 東京 川副康孝

「小澤實選」

題詠 一席:死にたいは生きたい秋の夜の電話 神奈川‐天野信敏

自由題一席:山風に川風加へ盆の家 群馬‐嶋﨑賢司

「櫂未知子選」

題詠 一席:拭き上げて雪の匂ひの生家かな 東京‐冬魚

自由題一席:てのひらの渇きに一つ蛇苺 東京‐佐藤茉

「片山由美子選」

題詠 一席:会へばすぐ山の話や生ビール 埼玉‐小林通子

自由題一席:遠足が来てライオンの立ちあがる 神奈川‐竹村清繁

「鈴木章和選」

題詠 一席:生も死も学び卒業畜産部 長野‐福澤るみ子

自由題一席:夏服の眩しきままに遠ざかる 兵庫‐奥村芳弘

「髙柳克弘選」

題詠 一席:蟬生るかくも込み合ふとは知らず 東京‐田中久幸

自由題一席:でっかいぞ東京タワーだこのつらら 滋賀‐瀬戸山椋

「対馬康子選」

題詠 一席:銀漢や未来は生まぬ砂時計 鹿児島 久永のり尾

自由題一席:小夜しぐれ夢の血中濃度かな 愛媛‐片山一行

「夏井いつき選」

題詠 一席:ダリア、ダリア先生の名字が変わる 東京‐嫉妬林檎

自由題一席:焼べ入れて鱗の爆ぜる鮭打棒 茨城‐奥村雄治

「西村和子選」

題詠 一席:先生も園児の歩幅運動会 群馬‐木下涼薫

自由題一席:秋蝶の躓きつつも風拾ふ 和歌山‐山本容子

「星野高士選」

題詠 一席:櫓を漕げば楽の生まるる良夜かな 埼玉‐河瀬俊彦

自由題一席:噴煙の真中辺りや春の月 鹿児島‐尾辻敬弘

「宮坂静生選」

題詠 一席:銀漢や未来は生まぬ砂時計 鹿児島 久永のり尾

自由題一席:東京の一隅灯す夜学生 愛知‐市原亜希子

 

「自由題特選二席」

稲畑廣太郎選「宙を飛ぶ鰹の見たる空の色」愛媛‐伊藤英夫

井上康明選「灼熱の日本列島終戦日」兵庫‐髙栁しずか

宇多喜代子選「折り鶴の胸ふっくらと春隣」東京‐西島明子

小澤實選「幼子を高く茅の輪をくぐりけり」福島‐三上昭俊

櫂未知子選「ネクタイで守るみぞおち万愚節」神奈川‐田中木江

片山由美子選「雨音に寝て老鶯に目覚めけり」鹿児島‐松下德幸

鈴木章和選「丁寧にすっぴんとなる良夜かな」北海道‐齋藤明美

髙柳克弘選「団栗に降られひとりになれぬ森」東京‐うづら

対馬康子選「新緑の中に婚姻色のひれ」宮城‐坂下遊馬

夏井いつき選「硯海のやうな東京湾に月」栃木‐龍太一

西村和子選「ドリアンの話や父の敗戦日」神奈川‐今井眞弓

星野高士選「十五日過ぎて八月軽くなる」新潟‐中澤安子

宮坂静生選「宇宙船めきて月夜の金魚玉」栃木‐龍太一

 

〇「選者近詠作品」

稲畑廣太郎・露の玉弾きて猫の駈けて来し ・隼の形崩れし時獲物

井上康明・数へても数へても山浮寝鳥 ・川底に触れ寒鯉の動かざる

宇多喜代子・足弱にえのころ草が絡みつく ・青葱の先のするどき夜明け前

小澤實・落椿ほぼ天向くや横倒しも ・先端に蜷しかとをり蜷のみち

櫂未知子・流氷の青を身ごもりさうなひと ・流燈会指の先まで長女なる

片山由美子・聞きとめしことまなざしに初音かな ・落花踏みゆく白波を踏むごとく

鈴木章和・さるすべり小鳥の水も替へにけり ・いつも身のどこかに吹いて春の風

髙柳克弘・ことごとく未踏なりけり冬の星 ・抱きとめし子に寒木の硬さあり

対馬康子・みずうみの底までひらく麦の秋 ・木の実降る声がことばとなる子ども

夏井いつき・天神や椿の尻に穴がある ・春のみみ百ほどその影の百ほど

西村和子・衣更へて居職の心定まりぬ ・袖通さざるままのちの更衣

星野高士・街音もその中にあり初電話 ・夕護摩の火の色ひとつ春を待つ

宮坂静生・銀河系宇宙の冬へ臼を彫る ・臼つくる手斧さばきの初仕事

 

 

▼飯田龍太賞

〇作品「みづの旅」埼玉 鈴木恭子

・みづ渉り来たる人ごゑ明の春

・大寒や硯に海といふ窪み

・水底のやうな暁龍太の忌

・一鳥も啼かぬ森抜け雪解水

・木の根開く水は水音惜しまずに

・水温む産後の馬の毛艶よき

・ひたひたと水の感触さくら樹下

・上簇や灯が灯を誘ふ宵の雨

・青あらし浮標(ブイ)の歯ぎしりきりもなや

・水遊して水の香の風もらふ

・星涼し水も旅するものとして

・草雲雀どの水となく韻きけり

・下り簗流れに空が降りてきて

・水鳥のこゑ一亭に一客に

・みやこどり翔つや隅田川(すみだ)を光らせて

 

※「上簇」=成熟した蚕を、繭を作らせるため蔟(まぶし)に移し入れること。あがり。夏の季語。

 

 (稲畑汀子選評)人々の生活には無くてはならない「水」である。その様な題材はただ身ほとりに存在するものとしてだけではなく、水を通して様々な角度から詠まれているので、一句一句の語りかけてくるものが違った表情を見せてくれる作品の厚みとなった。水そのものを詠むばかりではなく、どの句にも水を感じさせる厚みのある一句に仕上がっている。省略も程よく出来ていて厭味のない作品が仕上がっている。

 (宇多喜代子選評)私たちの暮らしに近い水の四季を無理なく十五句で表現したところに説得力がありました。〈一鳥も啼かぬ森抜け雪解水〉〈下り簗流れに空が降りてきて〉など、平明にして「雪解水」「下り築」 の様子が深く味わえました。

 (大串章選評)水は命の源、水なくして人間は生きていけない。いや、人間のみならず全ての動植物は生きていけない。その水をさまざまな角度からとらえて魅力ある一連である。ただ、ルビのふり方には違和感 を覚えた。「翔つ」と記して「たつ」と読ませたり、「浮標」・「隅田川」を「ブイ」・「すみだ」と読ませるのはどうかと思う。

 

 (高野ムツオ選評)水をテーマにまとめた十五句。海や湖の水、谷川の水、都会を流れる水、雨となって降りしきる水など。生きとし生けるすべてのものに欠かせない水の姿が多様に展開されていた。

「一鳥も啼かぬ森抜け雪解水」春遅い山中の様子が感じ、これが印象的でした。「木の根開く水は水音惜しまずに」には春到来の喜びが山国の風土性とともに湛えられている。「星涼し水も旅するものとして」には恵みの水のありようが、地球も無数の星の一つとの謙虚な認識とともに表現されていた。

今回のテーマがひとつにまとまっているスケールの大きな俳句です。15句は平明な言葉遣いでありながら豊かな情感がたたえられていて受賞作に相応しいと感じました。

 

 (鈴木恭子さんの受賞のことば)この度は「龍太賞」という栄誉ある賞を頂戴し身に余る光栄でございます。水のある風景は、四季折折私に種々のよろこびや楽しみを与えてくれます。海や湖、川など大きな「水」から露地裏の小さな潦まで、水のある景は私にとって大切な俳句の素材となっています。大好きな「水」の句で賞を頂けましたことは、二重の喜びでございます。選に当たられました先生方に厚く御礼を申し上げます。

 

〇「選者近詠作品」

稲畑汀子・いつ果つる命と思ふ去年今年 ・上京もままならぬ世や年迎ふ

宇多喜代子・足弱にえのころ草が絡みつく ・青葱の先のするどき夜明け前

大串 章・冬めくと言ひ印旛沼見渡せり ・落葉道万葉歌碑に立ち止まる

高野ムツオ・大津波生れし方より初日影 ・大震災十年後へと雪吹き込む

 

 飯田龍太は2007年2月25日に逝去。NHK学園 俳句講座創設者であり、平成26(2014)年NHK学園により「飯田龍太賞」が創設された。令和元年(2019)より「龍太賞」と改める。

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参照:第22回NHK全国俳句大会より「特選作者の横顔と選者からのメッセージ」

https://www.n-gaku.jp/public/life/zenkokutaikai_22th/pdf/zenkoku-haiku-A5-web.pdf

「NHK学園俳句講座開講40周年・創設者飯田龍太生誕100年」特設ページ

https://www.n-gaku.jp/life/course/anniversary/haiku_iida_ryuta/