四季折々(日々彦の文芸欄)

日々彦の詩歌句ノート、随筆、講演、紀行文など

◎年頭にあたって「四季折々」(2021年1月3日~9日)

〇病とともに「四季折々」(2021年1月3日~9日)

(3日) 〇新春に描く
 正月に、現状の自分について見直したり、これからのことなど考えてみた。

 エリック・ホッファー『波止場日記』に、次の文章がある。
〈世間は私に対して何ら尽くす義務がない、という確信からかすかな喜びを得ている。私が満足するのに必要なものはごくわずかである。一日二回のおいしい食事、タバコ、私の関心をひく本、少々の著述を毎日。これが、私にとっては生活のすべてである。〉

 ホッファーの言葉に照らして、今の私の生活に引き付けてみた。

 世間からなんの見返りを求めず、美味しい食事、趣向・遊び心、様々な見方・人との出会い、書くことで自分を見てみる。
・美味しい食事。妻の料理が気に入っていること。移住する前の自家用野菜作りから離れたのは惜しいが、知人や地元からの丹精をこめた食品などを取り寄せたり購入したりして毎日美味しくいただいている。

・趣味・趣向などの遊び心。俳句に興味があり、思いを五七五にまとめるのが面白く、他の人の作句を読むことも楽しい。後で手直しや削除することも多いが、まずは詠んでメモやブログに記録している

・様々な見方や人との出会い。各種著述に触れて関心がわいたり、自分に引き付けて考えてみたりすることもある。また、家族や友人・知人との交流、メール交換やブログなどに触発されるようなことも多い

・漠然と思っていることを書くことで、ある程度自分の見方や感じ方を整理することができる。自己慰安や自己治癒的な面、自己内対話の要素もあるだろう。また、他の文章を紹介、引用することの大事さも感じる。

 まずは、足元からじっくり見つめることをしていきたいと思っている。

・箱根路のたすきを牛へ嫁が君

 

(4日)〇スポーツジム「アクトス」に行く。

 リハビリ目的で「アクトス」に通っている。いくつかの器具を使って筋力トレーニングを30分ほど、ウオーキングマシンで50分ほど歩く。それで大体一万歩。

 筋力を鍛えるというより現状維持という意味合いで、今の体の状態では、少しきつめではあるがリハビリとして考えている。

 小脳の萎縮の方は如何ともしがたいと思うが、適度なトレーニング、ウオーキングで足腰の筋力を維持することは意識している。

 年末31日~3日まで休みで今日から再開。休みの日を除いてほぼ毎日利用している。昨年緊急事態宣言中は一時閉鎖されていて、ここがあることは、今の自分にとっては大助かりである。

 このような状態で、特に次のことに気をおいていきたいと思っている。

 一つは、今の自分の状態を冷静に見つめ状況に対応する客観力が必要ではあるが、出来なくなることに捉われず、どのような状況になろうと、今やれることに心をおいていくこと。精一杯の力を注ぐこと。

  もう一つは、人生を「できる」ということからではなく、「できなくなる」というほうから見つめてみること。もっと違ういのちの光景が眼に入ってくるのではないだろうか。

 ・四日からリハビリはじめ一万歩

 

 (5日)〇歯科に行く。

 2日食事中に何かにあたって左上の歯の一本がぐらぐらし始めた。それ以来そこが痛むので食事がしずらく、慎重に右の頬に寄せて食べている。

 わたしの体の中では、比較的丈夫で、こうしてみると、ほとんど心配せずに食べられていることが、有難いことだなと改めて思う。

 妻は私と逆で、歯の状態だけが悪く、その苦労がよく分かるという。

 四日に連絡、今日予約が取れ、受診して、結局抜くことになった。

 3年前に亡くなられた吉田光男さんの『わくらばの記』に、次の文章がある。

〈こういう状態になると、今まで、食べ、飲み、消化し、排泄するという日常の当たり前のことが、つまり生体としての自分の当たり前の行為として何の不思議にも思わなかったことが、必ずしもそうではないと感じられるようになってきた。運よくそういうことができるようにさせてもらってきた、という感じである。宗教は信じていないので、神に感謝するということはないが、自分が一人生きてきたのではなく生かされてきたのだなあと思うのだ。〉

 また、その影響もあるのか、一時意識が朦朧として倒れることがあり、幸い大事には至らなかったが、こういうことも起こるのだなと、チョト心配になった。

 ・五日はや意識朦朧歯を抜いて

 

(6日)〇息子の来訪。

 息子が技術を生かして独立することになり、新たな事業場を借りてから2年たつ。それ以来毎月一度日曜に私たち夫婦が出かけて一緒に掃除、磨きなどして会食をする。ほとんど妻がやっていて、わたしは猫の手ほどにもならないが。

 ところがコロナの影響で昨年三月以降、やめている。この度も、短時間わが家に顔を出し、一緒に食事した。

 新型コロナウイルスの影響で金属加工の業界も厳しいとのこと。息子は小さな町工場を一人で担っているが、単価の安い部品注文はそれなりに来るが、大口はないそうである。

 今年の2月までは機械のリース代が30万かかるが、それ以後は少し楽になるいといっていた。今後、この業界に限らずコロナの影響は厳しいだろう。

・睦む日か息子顔みせマスクして

 

(7日) 〇正月の楽しみ。

 正月の楽しみの一つとして、普段そんなに熱心に閲覧していない友人・知人のFBやブログ、賀状などを読むことで、その近況に触れることがある。

 同年代の共に活動していた人の記事にいろいろな感慨がわく一方若い人の記事も楽しい。

  30歳代後半から40歳代にかけて、当時20歳ぐらいの若者に携わる仕事をしていた。その青年もその頃の私よりも年齢を重ね、各地で活躍している。

身体の状態が思わしくなく、コロナに関わらず、日々の暮らしを有意義にするのが精一杯な現状で、彼らの活躍を知るのはことさら楽しいし、こんなこともやれるのか感心することも多い。

 最近ともすれば自己の衰えに目がいきがちになるが、そのことよりも、人生リレーの一員として、世話を受けてきた先行世代からバトンを受け、そのよきものを引き継ぎ、精一杯生き抜き、できる限りよきものを次の世代にバトンを渡したいと思っている。といっても、たいしたことはできないが。

 ・らりるれろ舌をほぐして七日粥

 

(8日)〇増田望三郎(著)『安曇野で夢をかなえる』を読む①

 我が家感覚のゲストハウス・安曇野地球宿の主宰として、市民共感の市政をしている安曇野市議会議員として、意欲的な社会活動を展開している実践者として、常々注目している増田望三郎氏の自伝『安曇野で夢をかなえる』を、この正月に読んだ。

  案内文は次のようになっている。

〈東京から信州安曇野にアイターン移住した家族持ち男の人生記。金も学歴も地位もないが男がどのようにして安曇野で自分の夢を実現したのか。

 米や野菜を作る自給の農的生活を営みながら子育てをし、人と人とが出会い心を通い合わせることのできるゲストハウス「安曇野地球宿(あずみのちきゅうやど)」を営む。

 地方に根をおろし、自分の足元から地域と世界を見つめる生き方を実践。

 半農半X(エックス)のライフスタイルを行おうと地方移住を目指す都会の若者・子育て世代必読の書。

 街を離れ、地方へ。さあ、夢をかなえよう!〉

 わたしは5年前に初めて地球宿を訪問し、その後も宿泊する機会があった。

 地球宿での感想を手短にいうと、日々の暮らしに根差した生活実感と、遠慮気兼ねなく話し合える仲間に恵まれていること、その生活を支えてくれる地域の人々と風土に溶け込んでいること、地球上のどんな人たちとも繋がり、仲良く暮らしていこう、共に生きていこうとする素朴な理想が一つに溶け合って、魅力ある広場になっているとの印象を受けた。

 地球宿を含めた人の繋がりが、地域社会づくりの一つのモデルとなっていくようなことも感じた。訪問する度に、その活動に厚みと深さをましていっていることを実感している。

 ・安曇野の夢をかなえる宝船

 

(9日)〇増田望三郎(著)『安曇野で夢をかなえる』を読む②

 本書を読んで、増田望三郎氏の家族を大切にする心とともに、“仲間力”を覚える。

 “仲間力”とは、僕の考えた言葉で、仲間を大事にする、仲間に繋げたくなる、仲間が寄っていきたくなる、さらにその仲間が彼のことを他の人に伝えたくなる。という「力」である。

 仲間と切磋琢磨しながらものごとをなしていく。そして、嬉しいこと、楽しいことだけではなく、悲しいこと、困ったこと、苦しいことも共に分かち合える人に包まれているのは、人が前向きに生きていくときに、大きなことだと思っている。

 また、彼の造語「仲間給仲間足」について、一人ひとりおのれの得手については、人の分までやってあげて、代わりに不得手なことはそれが得意な人にやってもらう。この相互扶助こそが社会共同体の基礎となるべきだと私は思っている。

 人類進化の一つの大きな要点は、「仲間と協力し合うこと」といわれている。

 知力、体力、技術力よりも“仲間力”を培うことが大切ではないだろうか。特に青年のときは。

  第二章の最後に、「夢を語る」という作業は、絶えず、「自分は本当に何がやりたいのか?」を、自分自身に問いかける作業でもあった。僕は思う。形のある夢を実現する時でも、その夢は形ができてから始まるのではない。形ができる前から夢の内実は始まっている。

 僕の夢は、こうやって実現できた。今度は、この宿に出入りする仲間たちの夢を、応援していく番だ。 自分が与えられたように、僕も与える人になっていく。

 新たな夢が、次々と実現していく、そんな応援協力の人々の繋がり=コミュニティを作っていく。それが、今の僕の新たな夢だ。

 こうして、「第四章 地球宿で夢を語る」「第五章 安曇野賛歌」「第六章 安曇野には幸せの風が吹いている」「安曇野で夢をかなえる」と、意欲的で面白い人々の繋がり=コミュニティづくりが展開する。

  近年、地方へ「ターン」し始めている青年や家族が増えていると聞く。

 各地方の独自性や特徴を重視・尊重し、そこに生きる人間たちや自然との関係性を大事にし、グローバル化する市場経済に振り回されない生き方をしようとの動きである。

  さらに、ここが自分たちの生きる世界だという地域をしっかりもちながら、そういうローカルな世界を守ろうとする人々と連帯していく。

  本書から、安曇野の風土の中で、意欲的で面白い人々の繋がり=コミュニティが着々とつくられているのを感じる。

https://www.facebook.com/BaseCampAzumino

・人と人つながる夢や淑気満つ