四季折々(日々彦の文芸欄)

日々彦の詩歌句ノート、随筆、講演、紀行文など

◎自発性を伸ばす「四季折々」(2020年6月7日~13日)

〇病とともに「四季折々」(2020年6月7日~13日)

(7日)〇孫の成長記録(1歳7ヶ月)自発性を伸ばす
 1歳7か月ともなると、より一層好奇心が旺盛で動きも活発である。
 居宅に来ると一緒に散歩して、近くの大きな公園や、海沿いの浜辺に連れていく。

 階段や、滑り台の梯子も果敢に挑戦し、一人でも這ってやり遂げる。
 まだまだ見守り手の支えがいるが、自らやろうと能動的に動き回っている。

 かなり興味をそそられるのは、各種リモコン、ラジオ、電話機などのスイッチ、面白いのでパチパチ繰り返す。電話機のボタンを押しまくり液晶の文字が出なくなった。壊れたわけではないのでそのままにしてある。口笛練習用のCDが急に大きくなったりする。また、やたらと引き出しを開け、興味あるものを捜し、引っ張り出す。

「そこはいじらないよ」とオクターブをあげると、一旦こちらを向くがまた始める。2、3度繰り返して止めることになる。まだこの辺の分別があまりつかないらしいが、いけないことをしているのは分かるらしい。すぐに他のことに気を向けることが多い。

 だが、やめないときは押さえるが、わっと泣き出し泣き方も激しい。それでも切り替えが早く、今のところたいしたことにはならない。
もっと体が大きくなり反発力がついてきたら、今は声のトーンを上げるぐらいで収まっているが、叱るような局面も出てくるだろう。

・雲の峰空いっぱいの自発性

 

(8日)〇好奇心や「学びたい」気持ち。

 発達心理学では、好奇心や「学びたい」気持ちは子どもの持つ特質であると言われていて、禁止されても遊びたがり、ものごとの「なぜ?」を知りたくなる。子どもは知識欲に飢えているという。
 これは、大人になるにつれて好奇心が薄れ、現状維持へと向かおうとする傾向はあるが、進化的に人の持つ特質であるともいえる。

人類学者の長谷川真理子は次のようにいう。
〈この原動力はどこから生まれてくるのか。それはやはり「知りたい。説明したい」という欲求によるもので、知ることが楽しく、適切な説明ができると感じることが楽しく心地いいからだろう。一方、環境は日々変化していくため、それに適応するよう学び直しなどしていく必要があることも事実だ。それでも人類の根源的特徴として、「知りたい。」という欲求は存在する。〉

 多くのことを親や周りの人に支えられているとはいえ、一人の人間として生身の生活を生きている。親でも奪えないもの、犯せないものが、生まれた時から備わっている存在だと思う。

 子どもはいろいろなことに挑戦し続けることで、身体・脳が活性化しそれへの対処の仕方、解決への仕組みを獲得し覚えていく。好奇心を覚えていろいろなことに挑戦し続けること、大きな危険への配慮をしながら、その自発性を受容する周りの人たちによって子どもが育っていくのではないか。

 そのためにも、子どもの自発性を尊重し、自発的にやって喜びを感じながら伸びていくのを温かく見守っていくことを思う。

 ことさら自発性と言わなくても、余計なおせっかいをしないで温かく見守っていると、好奇心に満ち溢れていて何でもやってみたくなる。
 むろん、「それはダメ」「そんなことはしないよ」と適度な声掛けは必要だが。

 ・万緑や生くものなべて蠢けり

 

(9日)〇6/7NHK俳句。選者・小澤實。題「夏」「素足」。より
 司会・中川緑アナウンサー、出演・戸田菜穂、生駒大祐。
・大巌に凭れしばしや姨捨夏 小澤實
・素足すき杉下駄が好き銭湯も 福岡市・坂本祥子 三席
・二階より素足の少女駆け下り来 高山市・直井照男
・素足楽しむペディキュアは海の色 杉並区・草野准子 一席
・ネクタイを緩め素足を砂浜へ 札幌市・松田露鏡 二席
・びしょ濡れがうれしい夏の子どもかな 福井市・永井陽子 一席
・冷凍保存の受精卵にも夏が来る 取手市・平嶋さやか 二席
・渋滞と焼きそばソース浜の夏 柏市・原田香伯 三席
 生駒大祐:1987年三重県。2003年俳句甲子園第6回大会に出場(三重県高田高校チームB)。その時の彼の作品「水槽に緑夜浮かびてアンデルセン」「河童忌や火のつきにくい紙マッチ」。その年の優勝校は開成高校(大将:山口優夢)。決勝戦での彼の俳句「火蛾二匹われにひとつの置き手紙」。「東大俳句会」「天為」 は有馬朗人創始。「オルガン」は鴇田智哉を中心とする同人誌。「クプラス」は高山れおなや佐藤文香らが編集する俳句文芸誌。
・夏の木の感情空に漂へり
小澤實さん《夏の木に感情があると観た感性とそれを目に視えるように表現したところがよい》また《作品からはアニミズム的な自然観が感じられる》とも。
・鉄は鉄幾たび夜が白むとも
「鉄は鉄幾たび夜が白むとも」は三橋敏雄の「鐵を食ふ鐵バクテリア鐵の中」の本歌取りとのこと。小澤實さんは蕪村の最期の句「しら梅に明る夜ばかりとなりにけり」の本歌取りと思ったと仰っていました。また生駒大祐さんは「人の心にどん迫っていくような写生句を詠みたいと思っています」と言っていました。

・吾子一歳二足歩行素足かな

 

(10日)〇守下尚暉『レミアの翼』オンデマンド (ペーパーバック)(パブフル、2017)を読む。
 守下尚暉『『根無し草:ヤマギシズム物語1学園編』を読み、表現力が巧みで、物語としても読み応えがあり、続けて他作品も読んでいます。
まず、守下著『レミアの翼』を読みました。学園生活の合間に十四歳から十九歳に書いた初めての物語らしいです。
「あとがき」に〈今の私がレミアの翼を読むと、誰もが『親愛の情』を心に秘めているという青臭い幸福観や、当時の私の稚拙な価値観が大きく反映されていて、正直恥ずかしくもありますが、当時の等身大の私の幼さや愚かさも尊重して、若干の推敲は施したものの、出来るだけ当時の雰囲気のままに書き起こしてみました。〉とあります。
 確かに展開が単純で、登場人物の描写も奥行きがあまりなく、ヤマギシ社会でよく使われる表現がでてきて、こそばゆい感じがありますが、厳しい学園生活で合間に書いていたとのことで、大したもんだなと思っています。

・夏休み想像力の翼舞ふ

 

(11日)〇守下著『『根無し草:ヤマギシズム物語1学園編』に関連して吉田光男さんの「元学園生の手記を読んで」を紹介したところ、次のコメントがありました。
〈吉水 秀樹:学園に限らず、結局のところヤマギシズム実顕地構想全体が、「こころの解決」より「形に依存」することが原因だったと私は反省しています。幸福社会という架空の極楽浄土のような理想をかかげ、それを正しいとして、時間軸を未来に逃避し「いつかそうなる」と、理想を追っていました。平和の為に戦争をするのと同じ発想です。
 こころの解決も理想社会も「今ここ」でないと意味がありません。だって、本当に実在するのは、今のありのままの自分だけです。社会とは人のことで、最小単位の社会が自分のこころの世界です。人を変えることができないなら、自分のこころの解決が何より肝心なことだと思うのです。
 私はヤマギシズムに出会って、本当に多くのことを学びました。自分の原点だと今でも思っています。私は仏教の世界に帰って、私も含めたすべての生命の幸福を願う、慈しみのこころを育てながら、ブッダの瞑想を実践して暮らしています。こころの解決は、結果ではなくその姿勢にあります。おなじ志の人といるとそこに、柔和な社会が努力せずともあらわれます。
 40歳の頃、実顕地で暮らしていて「これは間違いだ」と静かに気づきました。不思議なことに同じ時期に、因果具時の如く、多くの人が目覚めはじめました。実顕地を離れて鈴鹿に集結したころが懐かしく思われます。そこにも、こころの解決に中心を置く人と、寄らば大樹の陰のように、形に惹かれる人があらわれます。
 憧れた無所有社会は、自分のこころにあります。我利我利の生存欲をありのままに見て、何だ生きているってその程度のことかと見て、生存欲から離れることも難しいとは思いません。一切の理想を追わないと、ありのままが自分の理想と合致します。私は支配者ではないのです。〉

・今ここに仕合わせありや山清水

 

(12日)〇あることを投稿することについて。

 吉水さんのコメントはそうだと思います。結局自己の心の解決に還ってきます。
 このようにいろいろな方が、考え、思うことを寄せることで、あることが様々な角度から焦点があたり、またそれぞれに還っていくような気がします。
 過去の事を振り返るのは大事だと思いますが、注意する必要もあり、躊躇するものもあります。どちらにしても自分にとっても誰にとっても、何かいまに繋がるものがあればいいかと思っています。

・煩悩をひとまず脇へ古茶新茶

 

(13日) 〇佐々涼子『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』(集英社、2012)を読む。
 内容紹介:国境を越えて遺体を家族のもとへ送り届けるのが国際霊柩送還士の仕事。日本初の専門会社会社「エアハース・インターナショナル」で働く人々と遺族の取材を通して、筆者は人が人を弔うことの意味、日本人としての「死」の捉え方を知る。第10回(2012年) 開高健ノンフィクション賞受賞作。
 つぎのような書評があった。
〈改めて国際霊柩送還というものを考えてみると、不思議な行為だと思う。たとえ遺体の処置をしても、医療的な手術のように命を救うわけではないし、蘇生するわけでもない。腐りやすい遺体を遠い国から家族のところへ戻し、生きている時と同じ顔に修復してお別れをするのだ。なぜ次の日には骨にしてしまうというのにわざわざ合理的とは思えない行為をするのだろう。科学の発達した世の中だ。生命の失われた体をただのたんぱく質のかたまりだと済ませてしまうこともできるだろう。しかし我々はいくら科学が進歩しようとも、遺体に執着し続け、亡き人に対する想いを手放すことはない。その説明のつかない想いが、人間を人間たらしめる感情なのだと思う。私には、亡くなった人に愛着を抱く人間という生き物が悲しくも愛おしい。亡くなったのだからもうどこにもいない、と簡単に割り切れるほど、人は人をあきらめきれないのだ。
・「残された者たちがその後も生き続けるために、亡くなった人をキチンと送り出してあげることが必要」エアハース・インターナショナル株式会社 木村利恵社長の言葉。〉
 死への考え方としては、高村光太郎の詩の中の「死ねば死にきり、自然は水際立ってゐる」という言葉がいいなと思っていた。葬式やお墓については、あまり考えてないが、自分の死には残された人の思いも含めて考えておく必要もあると思った。

・蝉時雨一期一会の死者生者